小説

『イート・インラプソディー』もりまりこ

 カイは今までずっと気づいていないふりをしてくれていた。あたしが赤ずきんのふりしたオオカミであることを。
 あたしはゆっくりと時間をかけてカイをいつくしむようにまるのみした。
 カイは信じられないぐらいすなおな、あたしのさいしょで最後の獲物になってくれた。

 樹々の隙間から光が戯れてゆくのをきらきらした視線をゆっくり目で追いながら楽しんだ。ありとあらゆるものから光を吸収して、ジェリービーンズを散りばめたみたいな色を映し出している。

 何かを手放すことはたぶんじゆうになることだし、そのじゆうはすこしさびしいくらい風通しがいいものだと思う。
 その風通しよさはなんとなくカイとさっき訪れた花屋さんの入口から漂っていた涼しい風のもつ輪郭と似ているような気がした。

 カイの好きな『赤ずきんちゃん』にはなれなかったけど、マッサンゲアナマッサンゲアナっておまじないみたいな<幸福の木>の名を呼びながら、あたしはカイと生きている実感をお腹のあたりに感じていた。

 そんな幸福の最中、目の前に銃口が見えた。
 構えてるのは青田鹿生だった。銃弾があたしを貫こうとしてゆこうとしている秒の隙間を縫って、声が聞こえる。

「おまえの声が、よく聞こえるようにさ」
 マッサンゲア。
「おまえのいるのが、よくみえるようにさ」
マッサンゲアナ。
「おまえが、よくつかまえるようにさ」

「あらせぴあおばあさん、あらせぴあおばあさん」
 こわれたレコーダーになった紅は、ただただ懐かしいせぴあおばあさんの名前を繰り返し呼びながら、カイを身ごもったように果てていった。

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