ちょっと待っててっていうカイの声が、レジのところから聞こえる。
包んでください。誕生日プレゼント用のリボンでお願いします。
そう、きょうはあたしの20の誕生日だったのだ。
斎藤うるふが死んだ日があたしの誕生日だということにした。
ほんとうは、カイのその計らいがとてもうれしいはずなのに、もう戻りたくても戻れない道に、足を踏みいれてしまった予感がぞわぞわする。
なにかのカウントダウンがはじまっているらしい。
フラワーショップに着いた時から、むかしむかしの森の中と同じ種類のけだものめいた視線を感じていた。
ふりかえると誰もいないのに、確かに圧倒的な眼差しに背中から貫かれている。なんとなく気配を感じて店内のミラーを見た。そこにあまりにも年老いた、青田鹿生がいた。
そこに鹿生がいることがもう、あたしの遺伝子の中に刷り込み済みの出来事のようで。いまがうつつかゆめなのかわからなかった。
とにかく逃げる。カイとあたしは手をつないで逃げた。
カイの小脇にはマッサンゲアナ。あたしの手にはあのケープコートのパッケージ。
街並みがとぎれとぎれのフィルムみたいに、視線を横切る。
ふりかえりそうになると、見るなってカイが怒号を飛ばす。それでも我慢できなくて、ちらっと振り返った。
老人になり果てたはずの鹿生はこの日のために鍛えていたのかと疑いたくなるほどの健脚で。なんどあたしたちがつかまりそうになったかわからない。
走り倒して、たどり着いたのは、あの<森の公園>だった。
疲れ果てたふたりは森の奥へとへたりこんだ。息のリズムを整えようとしても満ちたり引いたりする波のように、あたらしい息が襲ってくる。
木漏れ陽の中でみる肩で呼吸するカイの横顔は美しかった。
たべてしまいたくなるほどうつくしかったのだ。
「逃げる?」
あたしは黙る。
「もういいんじゃないの。そういうの。ふたりでひとつ。いっしょに生きるよ俺、紅と」
「ふたりでひとつ?」
カイはあたしの問いかけに応えないまま、儀式のようにあたしに赤いケープコートをそっと着せてくれた。