小説

『イート・インラプソディー』もりまりこ

 大好きだったせぴあおばあちゃんのお見舞いに出かけたあの日。道すがらあたしはうっかりと森に迷い込んだのだ。
 信じられないくらいいい匂いがしたから、その花を胸に抱いてせぴあおばあちゃんのところに、赤ワインとかといっしょに持っていこうと思った。
 アケビで編まれたカゴの中にワインとマドレーヌと花束と。
 こどものセレクションにしては、悪くないといい気になっていたのだ。
 でもそれが、おわりのはじまりのようなオプションだったことを後になってあたしは知る。

 森で誰かの視線を感じたけれど。それは誰かっていうより生き物たちのそれだと思ってたから、あまり気にもとめなかった。鳥やリスやそういった生き物達のまなこが一瞬あたしを見ていたとしても、ふしぎはないと思っていた。
 でも違った。それはオオカミの血筋をもつ斎藤うるふだった。
 20代半ばのうるふは密かにあたしのことが好きだったらしく、尾行されていた。
 すこし怖くなったけど、まだ日も高かったから油断していた。
「うるふさん、どうしたの?」
「偶然だね、紅ちゃん。僕? どうもしてないよ。ぶらぶらしてたの。で、紅ちゃんは?」
「あたしは、せぴあおばあちゃんのお見舞いの途中なの」
「ふーん、お見舞いってどこかが悪いの?」
「うん、もうからだぜんぶが溶けてしまいたくなってしまいたくなるぐらいわるいの。だから元気づけようと思って、お花を摘んでるところ。いま、急いでるんだ。だからまたね」
 しばらく、うるふは一緒に付いて歩いていたけれど。
 後腐れなく、うるふを傷つけることなく撒いたと思った。
 それが証拠にうるふは見る限りどこにも見当たらなかったから。
 その後、朱と黄色のユリの花を摘むとカゴに入れて、せぴあおばあちゃんの家へと足早に歩いた。
 せぴあおばあちゃんの家の分厚いナラノ木のドアを開けると、とても静かだった。
 もしかしたらせぴあおばあちゃんはもう死んじゃったかもしれないと、あわててベッドに駆け寄ると、おばあちゃんは背を向けて眠っていた。
 それからのことは、ほんとうに夢のような輪郭でもって、たちあらわれてくる。
 せぴあおばあちゃんは、すなわちフリーターでストーカーでロリータの斎藤うるふで。それに気づかなかったあたしは、うるふのお腹の中にすっぽりと収まってしまった。

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