小説

『イート・インラプソディー』もりまりこ

 オオカミに呑み込まれた少女はオオカミと、ひとつになることで生き延びて来た。
 斎藤うるふが非業の死を迎えてくれたのは、あたしが15の時だった。

 カイはよりによって、『赤ずきん』が大好きで、本棚にはシャルル・ペローとグリム兄弟のそれが飾ってある。
 そのそばを通る度、あたしはドラキュラの十字架の如く、ぞわぞわとした所在投げな気持ちになる。寒気さえ覚えるから、息を整えてストライドを広くして通り過ぎる。
 紅の歩き方なんでそんなに変? って笑い転げるけど、笑われている今は、幸せの絶頂なのだと束の間、その感覚を忘れないように味わう。

 数日前、ポストに忌まわしい手紙をみつけた。斎藤うるふが死んだ後、あたしは施設から紹介された最終的な養父、青田鹿生と暮らすことになった。
 手紙は鹿生からのものだった。
 家出したあたしの住所がどうやってばれたのか、あたしの住処をみつけたらしく、<紅の面倒を短くてもみてやったのだから、老後の面倒を見ろ>という内容だった。
 鬼畜だった鹿生との生活が、あたしの頭の中に浮かんできてたちまち打ち消したくなる。
 算数が苦手だったあたしは、ある日台形の中にある三角形の面積を求めよという問題が答えられなくて、あたしの頭は思いっきり殴られた。
 その拍子に風呂場までふっとんだ。
 どんなささいなことさえ理由にして、あたしを傷つけることが唯一のよろこびのような男だった。
 いつかコイツにころされるんだろう。と思った刹那、あの習性に手をつけようと思った。
 あたしの血を遡るように斎藤うるふを呼び戻す。
 ひとおもいにまるのみにしたろかって。
 でもそのプランAは呑み込んだ。なぜってこの鬼畜を呑み込んでしまえば、あたしは一生この青田鹿生とともに、死ぬまで生きる羽目になる。
 その当時だって逃げおおせたのに、この期に及んで鬼畜老人となんか再会したくない。だから理不尽な選択肢は今もって選びたくなかった。あたしにはもうオプションが残されていないのだ。
 ただただ、カイとふたりでどこかへ逃げたかった。

 カイは、花屋が好きだった。観葉植物に目がなかった。

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