小説

『イート・インラプソディー』もりまりこ

 まるのみされたから痛くはなかったけれど。
 しばらくは、母親のお腹の中の胎児のように膝を抱えて、助けを待っていた。
 でもそこには誰もやって来ず。ほんとうなら狩人がおばあちゃんとあたしを、助けにくるはずなのに。オオカミのお腹をはさみで裂いて、脱出させてくれるはずだったのに。現実はちがった。
 あたしは仕方なく斎藤うるふの腹の中で成長した。
 斎藤うるふの中であたしはひとつになってしまった。
 死ぬ前にうるふが独り言を言っていた<。紅ちゃんとずっといっしょに生きているって、僕はしあわせな人生だったと思う。ふたりでひとつ。ふたりはひとり>。
 その声を聞いて、虫唾が走りそうになって、あたしはうるふの身体を加速度的に蝕みながらころした。そしてあたしは生きる道を選んだ。
 斎藤うるふが死んで、あたしが残った。
 でも、もうもとのあたしではなかった。外見は女子だけど。斎藤うるふとしてのあたし。つまり、ほとんど、中身や習性はうるふに近かった。
 そんなこと、大好きなカイには言えないし、言ったところで信じてくれない。

 ひとりでバス停に立っていた時、あたしの前を通りすがった散歩中の犬にふり返られた。飼い主のおねえさんが颯爽とリードを操っているのに、その犬はあたしをじっと見て、顔を横に向けて足を踏ん張ったまま動かなくなったりする。

 まいったなって思いながらも、そうあんたの問いかけは正しいよって、こころの中で声を発する。
 あたし、オオカミ。だからほら前見て歩きなって。

 昨日だって。なんとなく視線を感じるなって思ってたら最寄りのバス停の少し上がガードレールになっているところから、ちっちゃなブルがわざわざ顔をだしてあたしを見つめていた。
 ほんとうのところ、その視線は不憫そうな表情でまるで労わっているかのようにあたしを窺っている。
 氷結された犬の彫刻のように凝視して、そして次に彼らは決まって腑に落ちないという顔をして、首をゆらしながら去ってゆく。

 そんな姿を見るにつけ、その懸念は正しいよ。いちいち問いかけに応えてあげたくなる。
 あたし、オオカミだから。仲間みたいなもんだから気にすんなって。

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