「今度、鏡プレゼントしてやるから住所教えろよ」
「お? お前そんなこと言って。実は俺のこと好きなんだな。住所教えたら押しかけてくるんじゃないだろうな?」
「どういう展開だよ? 住所なんかいらねえよ。一生その顔で笑ってろ!」
俺たちは新潟の銘酒をとことん飲み尽くして看板間際に店を出た。
松田を宿泊先のホテルまで送る途中、例の喫煙所の前を通りかかった。檻の中では深夜の寒空にも関わらず、十人近い原始人が煙を吐いていた。
「俺、ちょっとここ寄って帰るわ。ホテルも喫煙ルーム取れなくってさ。会えて良かったよ。それじゃあな」
そそくさと檻の中に入っていく松田を俺は呆気に取られて見つめた。原始人たちの群れに戻るやいなや松田はタバコをくわえ、マッチを擦った。マッチのあかりに照らされた松田の横顔が大きく揺らいだ。松田がタバコに火を点けた瞬間、俺はたまらず檻の中に分け入ってタバコを叩き落とした。
「何すんだよ! 酔っぱらってんのか?」
「お前……さっき俺になんて言った? 自分だけはそんな目に合いたくないってか? って俺を軽蔑したよな。だからあんな冗談で俺を脅かしたんだろ!」
原始人たちが、何ごとか? と小さな松明を振りかざして俺たちを取り囲んだ。
松田の足元には、俺が叩き落したタバコが狼煙のように青白い煙をたなびかせていた。
俺は今朝、松田に出会ったとき、誰に似ていると感じたのか、やっと分かった。
「兄貴みたいな目に合いたくないのは俺だけじゃねえよ。お前にも苦しい思いなんかしてほしくねえよ」俺は自分とは無関係な他の連中たちを見回した。「あんたたちもだよ。自分はタバコと相性がいいって、よっぽど体質に自信があるやつ以外はみんなここから出ろ! これから一生笑ってたかったら、この檻から出ろよ!」
俺は原始人たちを片っ端から捕まえて檻から追い出し、松田と向き合った。
「俺は、マッチって呼ばれてたけど、お前のタバコに絶対に火はつけさせない!」
「なんだよ、ほんのさっきまでタバコを吸う連中なんか自分とは関係ないと思ってたくせに。マッチ売りの少女って話、知ってるだろ? マッチが売れなくて、寒空でマッチを燃やしつくして凍えて死んじまうんだ。マッチを買わなかった連中はそうなって初めて、かわいそうって思うんだ。でも数分後には忘れちまう。世の中そんなもんだよ。俺もそうだよ。それでいいんだよ」
俺は松田がすでに諦めていることが悔しくてしょうがなかった。
「お前がかわいそうなマッチ売りの少女だってのか? ふざけんな! お前のどこにそんな健気さがある?! お前は喫煙者のポケットからライターをこっそり抜き取っておいてマッチを売り付けるケチな犯罪者がいいとこだ。でなけりゃ一軒一軒に火のついたマッチを放り込んでいく放火魔だ!」