小説

『マッチは友を照らす』朝宮馨(『マッチ売りの少女』)

「いやー、お前が先に着いてたら絶対に禁煙席で待つだろ? 俺があとから来て『喫煙席に行こうぜ』とは言いづらいし、お前が俺に『喫煙席に移るか?』って聞いても、俺はなんとなく遠慮することになるだろうが? どっちみち禁煙席に座ることになるんだから」
 と松田は分かるような分からないような理屈を言って俺に椅子をすすめた。

 俺たちは互いに近況について語り合い始めた。真実に見栄を上乗せしてみたり、悩みや迷いをオブラートに包んだり、逆におもしろおかしく脚色しながら報告したあと、最終的には昔話に落ち着いた。
「そうそう、お前のこと、みんなマッチって呼んでたんだよな」
「ああ、全然似てなかったけどな」
「それを言うなら俺のセイコの方だろ。まったくいい迷惑だったよ。聖子ちゃんみたいな彼女がほしいと思ってるのに、女子にまでセイコちゃん、セイコちゃんって呼ばれて。あーあ、俺の中学時代は暗かったよ」
「俺なんかもっと悲惨だぞ。マッチっていうあだ名の人がいるって上級生の女子が顔を見にきて『なーんだ、全然近藤真彦に似てないじゃん』ってがっかりして帰っていくパターンをどれだけ目の当たりにしたことか。完全にトラウマだよ……」
 松田はアパレル関係の仕事をしていて、三年ほど前から北海道の支店を任されているらしい。毎月、東京の本社で会議があるので今朝、羽田からモノレールで浜松町まで来て、会議の前の一服を楽しんでいたところらしい。
「あんな寒い檻の中で吸わなくても、喫煙所くらい会社にもあるだろうよ」
「それがさ、本社の女子社員を中心にした吸わない連中が上に直訴して去年の十月から無くしちまったんだ」
「へえー、そこまでするか」
 吸わなくなった俺にとってはどうでもいい話だった。吸いたい奴は吸えばいい。とめたってどうせ無駄なんだから。
「町田はずっと吸ってないのか?」
「いや、俺も三年前までは吸ってた。でも……」
「でも? 誰か病気にでもなったか?」
「ああ、兄貴がな。苦しそうで、みるみる痩せていってさ。見てられなかったよ。だから俺は……」
「俺だけは同じ目に合いたくないってか?」
「なんか引っかかる言い方だな、だけどまあ、そんなとこ。それより、北海道は滅多にないだろうけど、東京の人身事故の多さには参るよな。死ぬならよそでやってくれって、いっつも思う」
「……悪かったな」
「え?」
「俺なんだ。人身事故」

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