小説

『オカシノオウコク』洗い熊Q(『ヘンゼルとグレーテル』)

「いってた? だれが?」
 その問いに令子は、はっと口を手で覆い、あからさまに失敗したという顔をした。
「いけない。これいっちゃいけなかったんだ」
「そうなんだ」
「そう」
 二人は顔を見合わせながら笑い合った。

 
 契約? お菓子の王国?
 令子の不自然な言葉が引っかかった真理子は思い返していた。
 ――お菓子の家を創り始めたのは施設に来て一ヶ月過ぎた頃か。
 誰もがその出来に驚き、そして不思議に、いや不可解だった。
 そのお菓子の家が消えるから。
 完成を自慢するように令子が見せびらかすと、その家の姿を見なくなる。
 施設の誰かが食べてしまった形跡はない。令子が全て食べたとも思えない。
 跡形もなく消える。
 半年以上の間に作った数十棟のお菓子の家達がだ。
 ――もう一つ思い出す出来事が。
 令子が来て一ヶ月経った頃に幽霊騒ぎが。
 寝ていると知らないお婆さんが側にいると訴えてきた子がいた。
 交代で夜中に施設を職員が見回る事態に。
 見回りがてらに心痛な思いながらも、真理子がいつもの様に令子がいる寝室を覗いた。
 いつもなら廊下の零れた光が差し込んだ先に寝る令子の姿が。
 だがその日は、伸びた光が途中で途切れた。
 真黒な闇。いや、黒い何かが遮るように。
 それに一瞬、息を呑んだ真理子。それに感づいて闇の固まりがこちらを振り向いた、そう見えた。
 慌てて手に持ってた懐中電灯を点け照らす彼女。
 ――だが、そこには肩を揺らしながら寝ている令子の姿だけが映った。
 見間違い。そうかもしれない。
 だが、その日から令子のお菓子の家作りが始まり。
 そして啜り泣く彼女の姿を見なくなった。

 

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