小説

『先っちょには触れないで』木村菜っ葉(『眠れる森の美女』)

 元カノとは違うよ。とだけは言わない。

 付き合うことになってすぐ、言われた。
「元カノに似てるんだ」
 彼の大好きだった元カノ。その日から私は新しい元カノになった。すぐに別れて元カノになったって意味じゃない。見た目も中身も元カノコスのあたし。あたしは愛された。彼はとても優しくて。幸せだった。あたしには見た目も中身も元カノ要素が元から備わっていたとしか思えない。彼はそんな私を愛している。愛しているから心配するの。そう思う。あたし演じる元カノが心配だからじゃない。
 元カノはストーカーにつきまとわれていた。
 ストーカーに彼と付き合ったことがバレたらもっと嫌がらせが増えるから、それにもしあなたに危害を加えるようなことがあれば、耐えられない。だから、別れてほしい。と元カノ涙。涙。彼も涙。
 元カノ、その後すぐ新しいアカウントで新しい彼とキス写真をSNSに投稿。彼は知らない。

 とにかく今私は眠っている。深い眠りでLINEに気付かない。気付く気配もない。彼の心配に気付けない。彼の心配は元カノコスのあたしに対してで、ただただ純粋なだけとか、DV彼氏になるわけないこととか。彼は本当に優しいだけ、ということも全然気づけない。彼はあたしを束縛したがるクソ彼氏。あたしの事が好きで仕方ないの。

 夢。出てこい。パンタグラフ。銀河鉄道となって海の果てまで行け。ちょっと待って行かないで。私を乗せ忘れている。さっき地下に潜ったのに地下から這い出てこさせられた地下鉄は空に弧を描いて行ってしまった。
 それに空飛ぶならパンタグラフいらなくね? じゃあ動力はなんだ? あたしの想像力か。想像力が足りないせいで、乗らずに飛ばしちゃったけど。日が暮れた夜空の入口で水平線の上キラキラと箒星になった電車。ダメだ戻らない。夢のコントロールが利かない。
「もどれ」
 声出た。戻りたい。戻らないと。戻るの。
「もどれ」
 戻らない。夢に戻りたい。
 眠っていたい。
 眠れる森の美女みたいに。眠ったふりを。
 馬鹿な妖精と馬鹿な男達は騙して。

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