小説

『先っちょには触れないで』木村菜っ葉(『眠れる森の美女』)

 ユニクロブラトップとショートパンツでも暑い。もう梅雨が終わる。
 スマホに手を伸ばそうかな。その前にスマホのライトが点滅しているかを確認しようか。どちらにしてもそれによってクソ大好きな彼氏の着信を確認して、焦って飛び起きて掛け直すだろうな。
「無事帰って眠ってたよ。LINEしたよね? その後すぐに眠ってしまったの。でもごめんね。心配かけて。大丈夫だよ。一人での帰り道は怖かったけれど」
 安心させて、きちんと謝る。最後に彼の心配をあおる一言を忘れずに言う。怖がるあたしに安心する彼の声を聞いて、愛されてるなぁと感じる。あたしは彼が大好き。彼もこんな元カノコスのあたしが愛おしくてたまらない。
 愛おしい彼氏、こんなあたしを見せたらどうなるかな。元カノは寝るときパジャマ着る。見せてやろうか。教えてやろうか。彼女のSNS。パジャマ姿で新しい彼氏とキスしてるとこ。

 やめた。暑い! 
 タオルケットを蹴飛ばして起き上がる。スマホも一緒に飛んでいった。体が軽い。生理も終わりかな。梅雨も終わり。
 せっかくの休日。外は晴れてるっぽいしどこか行こう。昨日見た「縁側で猫が泣く」のボーカルの女の子みたいな黒い服を着たい。黒い服あったかな? 前から行きたかったブランドのお店に買いに行こう。「どぉぞごらぁーんくださぁい」のいるお店はもう行かない。

 ベッドの上に立ち上がりカーテンレールに干されていた下着に手を伸ばす。背伸びしたのにベッドが沈んで高さが変わらない。軽く跳ねベッドのスプリングを使う。カーテンの隙間から青空と太陽が交互に見えて、パチン音ともに下着が手の中に落ちてきた。今日から外に干せそうだ。
 トイレに行って、シャワーを浴びて。考えながらベッドから降りる。
「パキ」
 足の裏から音がした。足を上げる。お気に入りの芝生色のマットの中、耳かきが二つに折れていた。

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