小説

『先っちょには触れないで』木村菜っ葉(『眠れる森の美女』)

 雪で詰まった雨どいから水が溢れる音が聞こえて、庭の雪が日に照らされて一粒一粒が結晶から水滴となってぷるぷるとしているさまを見て耳かきをしていた。ぽかぽかとひなたぼっこをしていたら、眠くなってそのまま眠る。屋根から雪が落ちた地響きでびくびくってなったけど、誰か毛布を掛けてくれて、日の当たらない背中がふわふわ温かい。腰の辺が重いのは家中で一番気持ちのいい場所を知っている猫「マル」が名前と同じく丸くなっているのだろう。
 ここは縁側。
 なわけねぇか。
 さっきまでそう思っていたけどここは家だ。どっちも家には違いないが。いつもの家。一人の家。まず冬じゃない。耳かきも持ってない。びくってなったあたりはなんかどっかでそんな音がしたんだろう。腰は重い。マルじゃなくて生理が来たからか。後ろまで漏れ安心ガードは機能しているかな。温かくてリアルな夢。穏やかな夢。くそ。眠い。

タタンタタン
タタンタタン
 庭をパンタグラフが通り過ぎる。下にあるはずの電車は雪に埋もれていて見えない。庭の向こうはあるはずの焼きおにぎりの匂いがするおばちゃんの家は無くて。広がる青い海。地平線が緩やかにカーブしていて、まっすぐな耳かきの柄を並べて角度を比べる。地球は丸いんだなぁ。

 だから耳かきは持ってないんだって。
 夢。また眠っていた。
 昨日の帰り、駅のベンチ座って電車眺めてたから、正確にはパンタグラフ見てたから、夢に出てきちゃった。雨の日のパンダグラフ。電線から離れるとバチバチ電気走らせて、電車だ。電車は電車なんだ。と思う。パンタグラフ。言葉も響きも形も懐かしくてファンシーだ。バックナンバーの歌詞に出てきたら、清らかで青い恋の背景にでもしてくれるんだろうな。パンタグラフ、テトラポット。いい響き。でもテトラポットみたいに商品名だったら、歌詞に使えないかな。だとしたら残念だな。
 昨日のライブの影響か。手足の重さ感じる。宇宙から帰ってきたらこんな感じか。いやそれは大げさ。はしゃいだな。ブサイクははしゃいだらいかんのか。じゃあ大人しく聞けってか。思い出して腹立ってきた。はしゃいだ自分が恥ずかしかった。誰かに何か言われたわけじゃないのに。なんで恥ずかしいのか。恥ずかしいのはブサイクだから。絵にならん。大人しく聞く事もできた。それがあたしの気分なら。泣いたとかさらにありえない。そんな事実は記憶から消去。最高のライブなのに。透明人間で見たい。あたしを見ないでくれたらいい。誰も見てないんだけど見られていると思う自分に耐えられない。

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