小説

『夏は気球に乗って』義若ユウスケ(『春は馬車に乗って』)

死神というのは、弟を殺した山のことだった。
お父さんとお母さんは毎日朝から連れ立って山へ穴掘りに行くようになった。
なんて憎い山だろう。息子ひとりでは飽き足らず娘まで、私たちから奪ってしまうというなんて!
そんなことを言いながら、彼らはせっせと穴を掘りまくる。
私はそれを黙って見ていることにした。

穴はどんどん深くなる。
お父さんとお母さんは一心不乱、無我夢中って感じ。
すぐそばで見物している私たちにも気づかない。
「はやく止めないと! 君、ご両親は君を殺そうとしているのではないか?」
「まさか、そんな馬鹿な」
シャベルの音にすっかり青ざめているモンテ・クリスト伯を私は笑いとばした。
「ところであなた、ちゃんと私を愛してますか?」
今日もしっかり愛してますか?

風が吹いた。
気球をゆらす強いやつ。
桶屋、儲かってるかい?
なんて。
桶屋なんてもう、ないのかしら。
「おおい、どうだあ」
「いい感じぃ!」
モンテ・クリスト伯と気球を並べて空を飛んでいる。
旅の練習。
訓練飛行だ。
どうやら私は筋がいい。
「うまいもんだね!」
とモンテ・クリスト伯。
私は余裕のよっちゃんで、片手で南瓜の風船を操りながら、あいてる方の手で西瓜を食べる。
しゃくしゃく、もぐもぐ、夏の味。
落下落下落下。
街に黒い雨を降らす。
種の雨。
小降りです。

ある夜、お父さんに茄子で殴られる。
昼のうちに庭からとってきていたのだろう。
ぬるくて重たい茄子が、私の身体の上ではじける。
父、連打。
黒いしぶきが壁に散る。
ああ、もったいない。せっかく丹精こめて育てた茄子で、こともあろうに、娘を撲殺しようとするなんて。
「あなたは間違っている」
と私はいった。
「こんなこと、絶対に間違っている」
背中に衝撃を感じてふりむくと、母。
大きく振りかぶっている。
そして飛んでくる茄子。
「まあお母さま。なんてはしたないまねを」
お母さんの投げた茄子は見当はずれの方角へ飛んでいった。
私は声を張りあげる。
「あなたたちは間違っている!」
が、ふたりともきく耳を持たない。
父、茄子パンチ。
私は側頭部をやられてよろけた。
そこへ、母、渾身の直球。

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