小説

『夏は気球に乗って』義若ユウスケ(『春は馬車に乗って』)

みぞおちに茄子がめりこんで、たまらず私はうへえとうめいた。
「モンテ・クリスト伯……」
薄れゆく意識の中で、助けてモンテ・クリスト伯、と私はつぶやいた。

ねえ、モンテ・クリスト伯、私をどこへ連れてってくれるの?
ああ、僕の王妃マルゴ。気球はね、どこへだって行けるものなんだよ。

目が覚めると、私は死神の口の中にいた。
上から冷たい土が降ってくる。
夜だった。
機械的なシャベルの音がきこえる。
私は身をおこして、口の中にはいった土をおえっと吐きだした。
穴はそれほど深くなかった。
立ちあがったらふたりと目が合ったので、私は懇願した。
「ねえお父さん、お母さん、もうやめにしませんか?」
返事はない。
私はため息をついた。
茶番はもうこりごりだ。
私は穴の縁に手をかけて、えいやっ、と一跳びで地上に戻った。
激怒する両親を手刀で気絶させて、私は山をあとにした。

海へ向かった。
なんだかとても悲しかったから、ちょっぴり泣こうと思ったのだ。
泣いた。
海を待たずして。
海についてからも泣いた。
一晩中。
大泣きだ。
潮の音もきこえないくらい。
泣きに泣いた。
世界にもうひとつ、海が出来ちゃうくらい。
さんざん泣いたけど、目は砂にならなかった。

朝、家に帰るとモンテ・クリスト伯が来ていた。
お父さんとお母さんはいないようだった。
まだ山で眠っているのだろう。
勝手に居間にあがってテレビを見ながらせんべい片手にお茶を飲んでいるモンテ・クリスト伯を、私はチョップした。
「なんて鋭いチョップだ。もしかして、君の前世はサムライかな?」
ダメージを受けた頭頂部を押さえながら、ハハハハハと彼は笑った。
「君のご両親と話しあいに来たんだ。今日こそはいい返事をもらってみせるよ」
「お父さんとお母さんは山よ。ねえモンテ・クリスト伯、私、昨晩大ピンチだったのに、あなたは駆けつけてくれなかったわね。あとすこしで死んじゃうところだったのよ」

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