小説

『夏は気球に乗って』義若ユウスケ(『春は馬車に乗って』)

私がほっぺたを膨らませて怒りを表明すると、モンテ・クリスト伯は困ったように頭をぼりぼりかきながら、
「そうか……どうやら僕は、君のヒーローではないらしい。残念だけど。君が物語の主役なら、僕なんかはただの脇役、三枚目半ってところだね。ねえ、それでも君は僕と一緒にくるかい?」
「ええ。私は旅に出るわ。あなたと一緒に。南瓜の気球に乗って私のヒーローを探しに行くの」
それじゃ、その旅にお供させてもらうよ。
と彼はいった。
そこへ、お父さんたちが息を切らして駆けこんできた。
靴も脱がずに。

「どうしても行くというのか」
「はい。どうしても行きます、お父さん」
「大丈夫。怖がらないで。もう、大丈夫。あなたに殴られて、私たちは完全に正気にもどったの。ねえ、でも、考えなおさない? あなたまでいなくなってしまうなんて、私たち、とても耐えられないわ。また、発狂しちゃうわ、きっと。だから全力で阻止してみせるわ、あなたの家出を」
家出じゃない!
私は叫んだ。
これは旅立ちです!
私ももう大人だから、ぜんぶ自分の意志で決めるのです!
今日、旅立ちます!
「なに、今日だって!」
お父さんは私の宣言にすっかり動転して、タップを踏みはじめた。
タッタカタ、タッタカタ、タッタカタッタカタッタカタ、タッタカタ、タッタカタ、タッタカタッタカタッタカタ!
お母さんは自分たちがまだ靴を履いたままでいることに気づいて、真っ赤になって足をふた振りした。
彼女が履いていたのは、黄色い長靴。
黄色い長靴の宙返りだ。
ふたつの黄色が、山でついた黒土をまき散らしながらのろのろと上昇。
コンコン、と天井にぶつかって、私の前に着地した。
なんと、ふたつともしっかりと真っすぐ起立している。
「あ、晴れだ!」
四人の声が重なった。
「こいつは縁起がいい」
とモンテ・クリスト伯。
けっ、とお父さんがムキになって自分の青い長靴を天井に飛ばした。
おりゃ。ゴン、ポテ、晴れ。
おりゃあ。ゴン、ポテ、晴れ。
「あらららららら。ちぇ、まいったなあ」
といって、とうとうお父さんは笑いだした。
ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
つられてお母さんも笑いだす。
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。

 
ちぇ。可愛い子には旅をさせよ、か。行っておいで、可愛い娘!
行ってきます、お父さん。
おお、なんて勇敢な娘をもってしまったのかしら……行ってらっしゃい、気をつけて!
行ってきます、お母さん。

 

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