小説

『彼女のせいで』柿沼雅美(『孤独地獄』)

「なにそれ」
 誰かしら、というのが誰でもいいように聞こえて少しイラついた。というか、がっかりした。
「だって、なにか不安になったときに誰かいてくれたほうがいいし、誰かに相手してもらえるほうが安心でしょ」
 お茶を飲み込んで、そんなことで、と思わず言ってしまった。
「そんなことって思うよね。それも分かるし、アイドルみたいな子たちってもしかしたらそうじゃなくて、ただ目立ちたいとか純粋にアイドルになりたい、って思ってる子が多いかもしれないけど、私は違うの。ね、孤独地獄って知ってる?」
 急に出て来た孤独地獄という言葉が、ファンタジー的なものなのか、もっとオドロオドロしいものなのか分からなかった。
「なにそのダサいネーミング」
「私は遠い遠い親戚から聞いたのかな?昔々の人の話なんだけどね、仏説によると、地獄にもさまざまあって、根本地獄、近辺地獄、孤独地獄の3つに分けることができるんだって」
 なんだ昔話か、と思うとそんなに興味も感じなくなった。
「へぇ、どれも知らないけど」
「大抵は地下にあるものなんだって」
「まぁ地獄っていうと地下って感じはするよな」
「でもね、孤独地獄だけは、山にも荒れ野にも空中にも、どこでも忽然とあらわれるんだって」
 僕は、また、へぇ、と言いながらめんどくさい話になりそうな気がしてお茶を飲んだ。
「目の前の境界がすぐそのまま地獄の入り口になるんだって」
 へぇ、とペットボトルのラベルに目をやる。プラ、と書かれている。これがブラ、だったらおもしろいのに、と思ってすぐに、そんなおもしろくないか、と心の中で思い直した。
「私はたぶん物心ついた時に孤独地獄に落ちたと思うんだよね」
 へ? と目線を彼女に映した。
「親でも兄弟でも友達でも、自分とは違うものだって自覚することない?」
「何の話?っつーか、それは、まぁ家族でも別の人間だし、あたりまえっていうか…」
「そうかな、そういうの感じない人もいると思うの。感じないのか気づかないのか分からないけど」
「それは、俺にも分からないけど」
「これは私の勘なんだけど、画面上の私を見て、いいなって思ってくれる人はきっと孤独地獄にいるんだと思うの。だから、亮介くんも、きっとそうなんだよ」

1 2 3 4 5 6