郁夫の胸がときめいた。オーケーか?
「考えとくね。それよりさ、今夜はどこのレストラン行くの? せっかくこんな指輪してるんだから、いいとこ行きたいなぁ」
由香里はそう言うと、指輪をしたまま箱だけバッグにしまいこんだ。
え?
考えておくといいながら、指輪は受け取るのか?
しかしまさか「返せ」とも言えない。
それにそもそも、その気がなければ受け取るはずがない。
つまり……オーケーと思ってほぼまちがいないな!
ひとりで勝手に盛り上がった郁夫は、奮発して高級レストランに案内し、由香里をさらによろこばせた。
翌日、郁夫は会社でも上機嫌だった。
これで自分も結婚できる。しかも、あんな美人と!
考えるだけでわくわくしてきた。
なにもかも、500万円を遺してくれたおじのおかげだ。
「なんだかうれしそうですね」
隣席の幸恵が声をかけてきた。
「え? あ、うん、まあね」
郁夫は舞い上がるあまり、黙っていられなくなった。
「実は、近々結婚する予定なんだ。昨日、彼女にプロポーズしたから」
幸恵は一瞬言葉を失ったが、やがて引きつった笑みを浮かべた。
「そうなんですか……よ、よかったですね。おめでとうございます」
「うん、ありがとう。幸恵ちゃんも、早くいい人が見つかるといいね」
「……はい」
ひどく浮かれていた郁夫には、幸恵のかすかに震える手など見えていなかった。
ところがそのあと、由香里にいくらメッセージを送ってもなかなか反応が戻ってこなくなった。それでも最初は、「まだ考え中」と愛想のないひと言が返ってくることもあったのだが、やがてデートに誘っても完全に無視されるようになった。郁夫の不安は日々高まっていった。