小説

『500万の使い途』おおのあきこ(O.ヘンリー『千ドル』)

「そうか。ええと……」
 郁夫もワインのことなどさっぱりわからなかった。ワインリスト上を行ったりきたりする郁夫の指先を、由香里がじっと見つめている。
 やばい。めったなものは頼めないぞ。
 郁夫が決めかねていると、ウエイターがすっと近づいて声をかけてきた。
「こちらなど、ご注文のコースと相性がよろしいかと思いますが、いかがでしょう?」
 ウエイターが指し示したワインは、けっして安くはなかったが、高すぎもしなかった。郁夫は安堵し、それを注文することにした。さすが高級レストランだけあって、ウエイターも気がきいている。
 美しく盛られた料理が運ばれてくるたび、由香里はきゃっきゃとはしゃいで写真を撮った。店の雰囲気からは少々浮いていたものの、郁夫はそんなようすを終始ほほえましくながめた。評判にたがわず料理も美味で、ウエイターのサービスも一流だった。
 食事のあとは、街をぶらぶらしながらウインドウショッピングを楽しむことにした。由香里は高級ブランドショップの前でいちいち立ち止まっては、ウインドウに飾られた品々をうっとりと見つめ、ため息をもらした。
 あるブランドショップの前にきたとき、由香里が「あーっ!」と大きな声を出してウインドウに駆けよった。
「あれあれ! あのバッグ、この前、知花がカレシからもらったやつ! わー、いいなぁ」
 郁夫もウインドウをのぞきこんでみた。数十万円の値札がついている。ほかにも、同じような値段のバッグが並んでいた。郁夫が由香里に合わせて「ほんと、いい鞄だね」とか、「きみに似合いそうだね」と口にするたび、由香里は「でしょ? ああいうのほしいんだぁ」と切ない声を出した。
 由香里がブランド好きであることはまちがいない。そんな彼女の心をわしづかみにするには、そこをつくのがいちばんだ。そう考えた郁夫は、つぎのデートのとき、由香里がものほしげな目で見つめていたバッグを思い切ってプレゼントすることにした。
 由香里は郁夫から差しだされたプレゼントの中身に気づくや、飛び上がった。
「ええーっ! マジ!? 買ってくれたの!? ウソ! マジで!? うれしい! うれしい! 由香里、感動ぉぉぉ! 郁夫さん、だぁいすき~!」
 そう言って、由香里は人目もはばからずに郁夫に抱きついた。
 由香里の豊かな胸が押しつけられるのを感じ、郁夫は至福の気分を味わった。これでもう彼女の心をがっちりつかんだも同然だ。このぼくが、こんな美人を手に入れたのだ。これ以上の幸せがあるだろうか?

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