小説

『500万の使い途』おおのあきこ(O.ヘンリー『千ドル』)

 翌日、さらなる幸運が舞いこんだ。上司から、めったに予約の取れない人気高級レストランでの接待がキャンセルになったので、権利を譲ってもいいと言われたのだ。
 ダメ元で由香里をデートに誘ってみたところ、即座に承諾の返事がきた。
 ついに自分にも運がめぐってきたのかもしれない。会社でも、郁夫は緩む口もとを引き締められずにいた。
「どうしたんですか、にやにやしちゃって?」
 隣席の幸恵に声をかけられ、郁夫はわれに返った。
「あ……いやいや。ちょっとね。えへへ」
「なにかいいことでもあったんですか?」
「えへ、まあね」
 郁夫は思わず赤面していた。
「あれ? ほんとにどうしたんですか? 顔が赤いですよ」
「いや、べつに」
 郁夫は逃げるように席を立ってトイレへ向かった。
 幸恵はその後ろ姿をしばらく目で追っていたが、やがて小さなため息をもらし、仕事に戻った。

 その夜。つぶらな瞳をきらきらと輝かせた由香里は、前夜以上に美しかった。
「あのレストラン、前からすっごく行きたかったの! 楽しみ~」
 彼女を連れて歩いていると、すれちがう男たち全員から羨望のまなざしを向けられているようで、郁夫はこのうえなく誇らしい気分になった。
 目的のレストランに入った瞬間から、由香里は興奮したようにスマホで写真を撮りはじめた。SNSに載せて自慢するらしい。礼儀正しいウエイターはなにも言わなかったが、郁夫はほかの客たちに批判されているようで気が気ではなかった。だが由香里は見るからにうれしそうだ。ならば、べつにかまわないじゃないか。郁夫はいつになく大きな気持ちになった。
 由香里がメニューの中でもかなり高めのコースを選んだときには内心焦ったが、ここが勝負どころだと感じていた郁夫は、そんな気持ちをおくびにも出さなかった。
「ねえ、ワインも頼むでしょ?」
「もちろん」
「どれにする? あたし、ワインのことよくわかんなくて」

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