郁夫としては、もはやどうでもいい気分だった。それに自分は、大金を手にしてもけっきょくそれを有効に使う能力がないことが証明されたばかりではないか。それならば、おじが最期まで世話になったご婦人とやらに使ってもらうほうが、よほどましというものだ。
郁夫はそれ以上なにも言わずに法律事務所をあとにした。
数時間後。
「はぁ?」
幸恵はすっとんきょうな声を出した。
能面の弁護士が言葉をくり返した。
「いまご説明いたしました通り、おばあさまには時田満夫さまの全資産を相続する権利がございます」
幸恵は弁護士を見つめ返すばかりだった。
「時田満夫さまのことは、ご存じですね?」
「はい。祖母が家政婦として勤めていた先のご主人です」
「その時田さまが、お世話になったおばあさまに感謝の気持ちとして、全資産を遺されたのです。つきましては――」
甘い花の香りが鼻腔をくすぐり、郁夫はふり返った。
幸恵がいつになく華やかな花束を抱えて立っていた。
「やあ、今日の花は豪華だね」
「はい……あの、実はわたし、退社することになりました」
「え? そうなの?」
「はい。少しまとまったお金が入ったので、しばらく祖母とふたりで過ごそうと思って」
「そうか。それは……よかった」
「これ、いままでお世話になったお礼に」
そう言って、幸恵は花束を差しだした。
「え? ぼくに? あ、ありがとう」
「あの、どうぞお幸せに」
「え?」
「ご結婚なさるんですよね?」