小説

『500万の使い途』おおのあきこ(O.ヘンリー『千ドル』)

 話を聞き終えると、弁護士が静かに口を開いた。
「さようですか。いまもその方と連絡は取れないのですか?」
「ええ。だまされていたんですよ」
 弁護士は無表情な目で郁夫を見つめていた。
「ほんと、情けないです。いい歳して」
「少々お待ちいただけますか」
 弁護士が席を立って奥のオフィスに消え、しばらくしてから戻ってきた。
「実は時田さまの遺言状には、補足書がございました。佐藤さまが500万円の使途明細を報告するまで、その内容については伏せておくようにという条件がついておりました」
「はぁ……」
「しかしいま、明細書をたしかに受理いたしましたので、その内容についてご説明いたします。時田さまは、先に遺贈された500万円が有益に費やされた場合、残りの資産すべてを佐藤さまに遺すと遺言されたのです。それを判断する人物として、わたくしと、この事務所の共同経営者が指名されております」
「はぁ?」
「そして、大変恐縮ではありますが、先ほどのお話と明細書から、わたくしも、わたくしの共同経営者も、先の500万円が有益に費やされたとは言いがたいという結論に達しました」
「……つまり?」
「つまり、大変遺憾ではございますが、佐藤さまは時田さまの残りの資産を相続する権利を失ったことになります」
「……じゃあ、その資産はどこに?」
「時田さまは同じ補足書の中で、500万円が有益に費やされなかった場合は、残りの資産を最期までお世話をしてくれたあるご婦人に遺すと遺言されております」
「あるご婦人?」
「はい。奥さまがご存命だったころより、ずっと時田家に仕えてきたご婦人です」
「だれですか?」
「それについては、のちのちの争いを避けるため、他言無用とされております。もちろん、佐藤さまが調べようと思えば、調べがつかないわけではございませんが、ここはおじさまのご遺志を尊重なさるのがよろしいかと」
「はぁ……」

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