小説

『ブラックサイドカンパニー』小泉麦(『桃太郎』『金太郎』『浦島太郎』)

 桃田はぶつくさ言いながら、ソファに腰かけた。鬼瓦が粘りに粘って呼びだしをかけ、その様子を見かねた桃田のお守役となっている金村専務が尻をたたいてくれたのだ。金村は先代からの付き合いで、大熊とも仲がいい。向こうは向こうで若社長の君臨に辟易しているのだろう。
「新規事業の話ならお断りだからね」
「わかってます。今日は御社へのお仕事の依頼です」
「お。それなら早く言いたまえよ。今度はどこ? 海外? 誰指名?」
「うちの会社の正義の味方になっていただきたいのです」
 桃田はぽかんとした。鬼瓦はかまわず続ける。
「ご存知のとおり、今うちは赤字です。今後も売上増は見込めないのが現状です。しかし右肩下がりには必ず理由があります。社内に問題があれば、それが悪です。御社に正義の目を光らせてもらって、諸悪の根源を一掃してほしいのです」
 口をあんぐりと開けたままだった桃田は、そこで初めて前のめりになった。鬼瓦の顔をまじまじとながめ、猜疑心に満ちた眼差しを向ける。
「こちらが悪と判断した人物が、例えば大熊専務だったとしてもいいんだね?」
 挑発するように問いかける桃田は口元を歪ませた。桃田はブラックサイドカンパニーの内部紛争を望んでいる。それでうるさい提携先と手を切るきっかけになればいいとまで算段しているのだろう。父親の代から続いてきた関係を、何のためらいもなく切ろうとすることができる桃田の無関心さに、鬼瓦は歯噛みした。ぐぐっと拳を握りしめ、にやにやと笑う桃田に「かまいません」と返した。
「面白い。いいだろう。それじゃあビジネスの話をしよう。まず、うちのどの部署を指名する? 今人気なのは稀代のヒーロー……」
「あなたがいいです」
「は?」
「あなたを指名します、桃田社長」
 桃田は目をぱちくりとした。その様子は本当に幼気な子どものようだった。実際、子どもなのだ。経営のイロハも教わらぬまま、会社を背負い、指揮を執らねばいけないのだ。想像するだに、同情が湧いてくるような境遇ではある。しかし鬼瓦は亡き友の遺志を継ぎ、自ら親になったつもりで桃田に接しようと考えていた。獅子は我が子を千尋の谷に落とすというやつだ。
 そんな心持ちで会談に臨んだ鬼瓦は、まさに鬼の形相となっていた。その迫力に、桃田は初めて少したじろいだ。
「あなたの会社は桃太郎部署から始まった。先代の社長は部長を兼ねて、よく現場に出向いてました。二代目ももちろんその血統でいらっしゃる。是非、トップ自ら采配を振るっていただきたい。長年にわたりお付き合いをさせていただいたうえでのお願いです。特別料金などがご入用ならばお支払いいたします。鬼瓦、一生のお願いです」

1 2 3 4 5 6 7 8 9