小説

『ブラックサイドカンパニー』小泉麦(『桃太郎』『金太郎』『浦島太郎』)

「き、きれいになるじゃないか」
「そういう問題じゃないでしょ!」
 早乙女が鬼瓦を一喝する。その眼力たるや凶器のごとく、鬼瓦は身を縮ませた。もともと早乙女をはじめ、この会議に出席しているメンバーは誰しも起業に携わった創設者だった。つまりは気心の知れた同期だ。面倒だという理由で皆が煙たがった社長という役職も、あみだくじで鬼瓦に決まっただけの話であり、そこに威厳や権限はまるでない。
「早乙女部長、熊も頑張ってます……何とかお慈悲を!」
「頑張ってるの掃除でしょ! 人情だけじゃ食っていけない!」
 大熊が懇願するも、早乙女はもっともな正論で突っぱねる。言わずもがな、大熊の専務という役職もあみだくじの結果だ。
 最近の経営者会議はこんな感じで平行線の一途をたどる。鬼瓦も頭を抱えるだけで、個性豊かなメンバーを統率するリーダーシップは持ちあわせていない。筋肉隆々の肉体を備えていながら、争い事は誰よりも忌み嫌う性分でもあった。
「時代は爺だからのお」
 迷走する議論に一石を投じるのは、いつだって会長の爺さんだった。会長という役職についても、以下同文である。
「創設当初は爺婆部署なんて地味だとか無味乾燥だとか好き放題言われてきたが、時代の流れを見りゃあどうじゃい。悪意に満ちた敵役にふさわしいのは鬼でも乙姫でも、ましてや熊でもないわい。人間じゃ人間! 昔話からもわかるじゃろうが。いじわる爺さん、いじわる婆さんはお隣やら近くの村にいくらでもあふれとるわ。おまえら、物の怪や獣のたぐいなんぞとは需要が違う。時代はわしらのもんじゃ! 鬼瓦、心配せんでもわしらで天下取ったるわい。桃田の若造なんぞほっとけ。このブラ、ブラ……黒い会社はわしらが立てなおす!」
「黒い会社って言うな! 違う意味に聞こえるだろ!」
 爺さんは横文字に弱く、いまだに自社名を覚えられない。というか覚える気がない。そして爺さんの鼻息荒い宣言に、鬼瓦はますます頭を抱えるばかりだった。確かに爺婆部署は安定した顧客をキープしている。が、何せ高齢化が甚だしい部署なので、ミスも多くクレームも目立つのが現状だった。人員を増やせという爺さんの希望も、お年寄りに一から仕事を教えられる時間と労力の余裕がない。
 やはり現状維持ではだめだ。起死回生の一発がなければV字回復は望めない。
「あの若造に現実を見せなければならない」
 鬼瓦は決心した。

 
「何なんだよ、僕忙しいんだけどね」

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