しかし全盛期を謳歌すれば、あとは下り坂の一方。まだまだいける、と何の根拠もなしに社員を鼓舞した鬼瓦に責任がないとは言えない。時代は女心と秋の空よりも変わり身が早い。勧善懲悪という概念は古い、黴臭い、いっそハラスメントに値すると追いやられ、大幅な赤字を目の当たりにしたところで、ようやく鬼瓦は金棒で頭をかち割られたように目が覚めた。
どんな議論も諍いも、白か黒かで明言できないものばかりだ。だからこそ時代は悩みつづけ、進化していくのではなかったか。鬼瓦は先代の桃田社長と酒を酌み交わし、お互いの熱い意見をぶつけあい、最後には固い握手をして再出発を誓ったのだ。
が、その翌日、先代は飼い犬に手どころか頭を噛まれ、あっけなく再出発どころかこの世を離脱してしまった。訃報を聞いたとき、鬼瓦は「うおおおおおい」と悲しむより先にツッコまずにはいられなかった。まあ先代は御年百歳に迫る勢いだったのだから、どのみちあと数年で二代目に席を譲るつもりだったのだろうが。
二代目は先代の四番目の妻とのあいだにできた子どもだった。それまで子宝に恵まれなかった先代は喜んでいたが、二代目のほうは恐ろしいほどの年の差に父親という感覚は持てなかったようだ。何だか元気なおじいちゃんくらいに思っていたらしく、自らが社長の椅子に座って先代の遺志を説かれたところで、迷惑そうな素振りを見せるばかりであった。
「鬼部署リストラしたら?」
経営者会議にて早乙女部長はさらりと恐ろしいことを言ってのけた。彼女が管理する部署は女性ばかりで、もともと純粋な悪役という立ち位置だけでなく、不敵に笑う第三者的役割も担っているので、ブラックサイドカンパニーの中でも比較的安泰だった。むしろ独立も視野に入れているという風の噂は、鬼瓦の耳にもちょいちょい入ってきた。
「いや、それはできない。ただでさえ給与削減、賞与なしを受けいれてもらってるんだ。人員不足で自転車操業状態だが、まだまだ鬼に需要はある」
鬼瓦は自身のプライドもこめて、そう反論した。事実、鬼瓦自ら現場に参戦する、めまぐるしい状況が続いている。まさに鬼の目にも涙状態。今もあちこちの現場で奮闘している社員を思うと、胸が痛くなる。
「じゃあさ、わかってるでしょ。熊部署なくしなよ」
早乙女の言葉がナイフのような鋭さを含む。当事者である大熊はびくっと体を震わせた。彼にとってはナイフどころか斧をたたきつけられた気分だろう。鬼瓦が何か言いかえす前に、早乙女はいらいらしたようにテーブルをコツコツと指で鳴らしはじめる。
「だいたいさ、熊部署って何? 熊で一部署設けるのっておかしくない? 熊が悪役になる話なんてめったにないでしょ。『金太郎』だって別に悪者って感じじゃなくない? さっき通りかかったら熊部署のやつら、のんきに掃除なんかしてましたけど。何回同じとこ、拭くんだって感じ」