見物人たちは、血ばかりか涙と鼻水まで垂れ流しているシェルスを非常に穢らわしく感じながら、おそらく身体の痛みのせいで動けずにいるのだろうと都合よく解釈しました。そこで、勇気と腕力をあわせもつ男たちが数人がかりになってシェルスをかかえこみ、みずうみの浅瀬のきわまで走ると、彼女が抵抗するのも気にせずにそのまま水中に投げこみました。
シェルスがわずかな力をふりしぼり、もう一度水辺を目指そうとしたときでした。
シェルㇲの両足のあいだから、すさまじい圧力をともなった不自然な水流が昇ってきて、あっというまに彼女の身体を水中に引きずりこみました。大蛇のしわざだとすぐに理解したシェルスは戦慄して叫びかけ、そのはずみに大量の水を気管に吸いこんでしまいました。一方、動きまわる水音の激しさにほとんどかき消されていましたが、水辺のほうからは見物人たちの嬉しげなざわめきが聞こえました。
(わたくしは陸にいたところで、だれからも必要とされないのですね。それならば、たとえ大蛇から生贄という形であっても必要とされ、そうして人生を終えるほうがよほどよいではありませんか)
と、悲哀と諦念のあいだでゆれるシェルスの頭のなかに、嵐のごとく荒んだ大音声がひびきました。
「おお、わしは三千年もの時を生きてきたが、そなたほど醜く創られた娘はついぞ見たためしがない。わしらの天敵たる神、やつの創造力には不本意ながら一目置いておったが、やはり失敗も仕でかすらしいのう。……しかし醜い娘というのはともかく、あえて瀕死の状態で寄こすとはいかなることか。よもや、人間どもにあなどられるとは思ってもみなかったぞ!」
シェルスは、自分への悪評はいまさら気になりませんでした。ただ、おぞましい大蛇を相手どってでも、神への冒涜をいましめ、また人間への憤怒をなだめなくてはならないと強く思いました。けれど、惜しくも声の出しようがなく、それどころか呼吸ができずに意識が朦朧としはじめていました。
大蛇はシェルスの思いなどつゆ知らず、ふたたび大音声をひびかせました。
「まったく、死にかけの娘など食う気にならぬ。みずうみの魚たちも、醜いそなたをわざわざ餌には望まぬじゃろうて。そなたはこのままみずうみの藻屑となるがよいわ。どれ、わしは使いの小蛇をふたたび陸にやって、人間どもの様子を見てみよう」
魔の水圧から解放されたとき、シェルスはいよいよ意識を手放しました。
さて、大蛇はそのあと、そもそもリュクスがシェルスを身代わりにしたのだという捨て置けない事実を使いの小蛇から聞きまして、人間はどいつもこいつも浅ましくて許しておけないとますます怒り狂いました。
ところが使いの小蛇の目をとおして、リュクスがどのような人魚や妖女よりも美しいことを見て取りますと、この娘のいのちを奪うのはもったいない、むしろこれからも折々に彼女をながめて眼福を得たいものだと考えなおして上機嫌になりました。人間に対する恨みもすべて水に流してしまったのです。