「早くしなさい」
付き添い人から小声で急かされて、いよいよシェルスはみずうみに飛びこまざるをえなくなりました。しずかな水飛沫があがったとき、見物人たちの喝采がひときわ声高にとどろきました。
しかしシェルスは、水を吸ったドレスが重いのも忘れるくらいに泳ぎに泳いで、なんと、西の水辺までぶじにたどり着いたのでした。
ふつうの令嬢にはとても真似できないことです。シェルスは家事や家畜の世話をつうじて懸命に働き、知らぬまに身体をきたえていたために、いのちからがら成功したのでした。そのときのシェルスの必死の形相ときたらいつにもまして醜悪で、まさしく怪物中の怪物として見えるほどだったので、西の水辺に立っていた見物人たちは恐れをなしてその場から飛びのきました。
シェルスはせきごみながらも、見物人たちに感謝のほほえみを向けました。自分が陸にあがるための場所をゆずってくれた、それはつまり自分がいのちを落とすことを惜しんでくれたということだと、酸素の足りない頭でつい誤解してしまったのでした。
「みなさん、場所をあけてくださってありがとうございます。おかげさまで、みずうみからあがることができました。このご恩は、わたくしが生きているうちにきっとお返ししたいと思うのですが、生贄という問題が……そうですわ。大蛇を殺さずに説得できる方法がないか、どうか、みなさんの知恵をお借りできませんか?」
シェルスが思い切って口にした瞬間、まわりの見物人たちが石を拾って容赦なく彼女に投げつけはじめました。ほかの水辺に立っていた見物人たちもぞくぞくと駆けつけてきて、おなじように暴行しました。
シェルスは自分の誤解に気づき、たまらず逃げ出そうとしましたが、威嚇するように怖い顔をした見物人たちが壁さながらに四方を取り囲んでいました。シェルスにはもはや、その壁を突破するほどの余力は残っておらず、横殴りに石がぶつかってきた衝撃に膝をくずして地面に這いつくばりました。
シェルスの頭から流れ出てきた血が地面になまなましい紋様を描いたとき、小舟から降りてきた付き添い人が身をていして彼女をかばいました。
(この方は、わたくしを助けてくださるおつもりなのでしょうか?)
シェルスはここにきてようやく一筋の光明を見いだした心地になりました。が、付き添い人の言葉は残酷でした。
「生贄の娘を殺してはなりません。べつの娘の枕もとに大蛇の平石が置かれることになってしまいます。そのとき、もしもリュクスさまが選ばれてしまったならば、わたしたちは悔やんでも悔やみたりないでしょう……さあ、あなたは早く小舟に戻りなさい!」
シェルスはもはやすでに死んだかのような絶望の境地に落ちました。ただ、それでもなお内心では生への願望を抱いており、小舟にはどうしても戻りたくなかったので、みなに悪いと思いつつも一向に立ちあがろうとしませんでした。