やがて、けわしい顔つきをした中年の侍女長がやってきて、シェルスに領主夫妻からの伝言を聞かせました。
「事情はすべてリュクスから聞いた、いますぐ屋根裏部屋に移ってつぎの満月の晩まで絶対に出てこないように、とのことです。もっともなご判断ですわ。自棄になったシェルスさまがリュクスさまに何をなさるかわかりませんものね」
「伝言はそれだけなのですか?」
侍女長はあっさりとうなずきました。
両親はどうしてこうも自分に無関心なのだろうと、シェルスは心臓を深くえぐられたかのようなショックを受けました。ついでシェルスは、おぼつかない足どりで自分の寝室にもどり、磨かれた鏡台に突っ伏して大泣きしました。
侍女長はシェルスの寝室に堂々と踏みこんできました。慰めるためではなく、屋根裏部屋に移る準備をはじめようとしない彼女を叱責するためでした。しかしシェルスの泣き顔ときたら、見る者にとってはみずからの眼球を衝動的に取り出したくなってしまうくらい強烈な嫌悪感をもよおさせるものだったので、侍女長は「神よ、なぜこんな女をお創りになったのですか」と絶叫してから廊下に飛び出ていきました。
そのあと、屋根裏部屋になかば押しやられる形で移ったシェルスは、扉越しにいくども使用人たちを呼びとめ、領主夫妻を連れてきてくれるように頼みました。リュクスの罠について暴露しようとしたわけではありませんでした。ひややかな両親もなにかの拍子に気が向いて、自分が大蛇から助かるための方法をいっしょに考えてくれるかもしれないと期待していたのです。
しかし領主夫妻にとっては、リュクスが大蛇の恐ろしさを想像して泣いている(それはほとんど演技だったのですが)のを落ち着かせるほうがよほど大切であり、その花びらのように可憐なくちびるから語られる言葉こそがすなわち真なのでした。
シェルスの期待は報われず、無情にも時はすぎて満月の晩がおとずれました。
屋敷から湖にいたるまでの道筋には、話を聞きつけた人びとがあふれかえっていました。彼らの心のなかには、大蛇に選ばれたのがほかの娘でなく、神に嫌われたとしか考えられない醜女のシェルスでよかったという安堵がありました。だからこそ、シェルス嬢がみずうみに入水するなんて面白い、ぜひとも最期を見届けて末代までの語り草にしようといった声が、あちこちから遠慮なしにひびいていたのでした。
粗末なドレスを着せられたシェルスは、神に仕える青年に道を先導されながら歩んでいました。
いやしい好奇心に満ちたたくさんの顔を見たくなくて、シェルスは屋敷の門を出たときからずっとうつむいていました。もうじき、みずから命を捨てて大蛇に食われてしまうのだと思うと、神にすがるための祈りの言葉を唱えたくとも、くちびるが震えてうまくゆきませんでした。両親もリュクスも屋敷にこもり、見送りにすらこなかったということが、シェルスの気分をますます滅入らせていました。