小説

『祈り』多田正太郎(昔話『雨乞い』など)

そうよ、魔性、ワグナーの曲は、な。
 何だよ、曲の魔性って、よ。
 曲とか、楽劇やらで。
陶酔とか麻痺とか、陥る者も、よ、いてな。
 だから、何だよ!
 はっきり言う、アホ人間が、それ聞いてな。
悲惨な歴史に、繋がったり。
 同じ人間なのに、よ、人種とかでな。
人間界、あくまで人間界のことだぜ。
 でもよー、魔性と言えばなぁ。
 何だよ、魔性と言えば?
 ここの連中の、よ、伝説にも、よ。
バイオリンとか、ハープとかでよ。
曲奏でて、陶酔と麻痺とかでな。
水辺に誘い込み、溺死とか、悪さをよ。
人間と変わらない、姿に化けてな。
変幻自在だし、な。
 シー、ここでは、よ、客、なんだから。
 この地での、仲間の悪さ、その話は、よ。
 ああ、そうだった、そうだった。

バイエルン。
ここは、言うまでもなく、ドイツ南部。
山腹にそびえる、ノイシュバンシュタイン。
ワグナーの、熱狂的なパトロン。
その音曲に、はまってしまった、王。
白鳥の騎士伝説の、夢想の世界。
湖水に写る、幻想的な、城の姿。
そんな、王の、祈りが、伝わるような城。
深い森に囲まれた、そのふもとの湖で
カッパたち、いやニクスたちの、饗宴が。
今夜も、繰り広げられる。
 そう、ここでは、ニクスだ。
 どこからともなく、曲が、流れだす。

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