小説

『囚われのセリヌンティウス』石川哲也(『走れメロス』)

ツギクルバナー

 まったく、メロスにはいつも驚かされる。
 二年ぶりになる旧友の来訪を待っていたのだが、ようやく深夜に現れたのはメロスではなく、王の警吏だった。私を王城へ連れて行くという。
 老いた母は屈強な男たちにすがって憐れみを乞い、石工の弟子フィロストラトスはぶるぶる震えながら抗議する。
 私は、二人が誤解していると思ったので、無駄な抵抗をしなかった。
 そう。私が捕縛されたのは、私自身がディオニス王にあらぬ疑いをかけられたからではなく、メロスの友人だったからである。
 自由を奪う縄が肉に食い込み、引きずられるように歩くと骨まで軋んだ。そんな痛みも友に会えると思えばこそ、耐えることができた。
「セリヌンティウス、わが友よ。実は……」
 王城の広間で、メロスに事情を打ち明けられる。
 人を殺しすぎる王に腹が立ったこと、城で捕まったこと、処刑されること、命を惜しむつもりはないが妹の結婚式には出たいこと、三日後に戻るまでの人質に私の名を挙げたこと。
 あきれるほど短絡的な行動と一方的な都合だったが、私は身代わりを承諾した。メロスに頼まれたら仕方ない。自由になった両手で友を抱きしめる。私がメロスを殴りつけると期待していたのだろうか、王は不満そうに顔をゆがめた。
 初夏、満天の星の下、メロスは走り去り、私は獄につながれた。意外なことに、独居牢は広く清潔で、快適ですらあった。
「公開処刑は三日後だ。主役のみすぼらしい姿を見せられぬからのう」
 牢の外で王が嬉しそうに呟く。見慣れた光景なのか、警護の兵らは微動だにしない。
「わしは罪人の言葉を信じて、人質を丁重に扱ったのだと民衆に知らしめよう。血色のよいおまえが、かつての友を罵りながら磔台に吊り上げられる。裏切られたわしは、それを悲しげに見つめる。世の愚か者たちも現実に目が覚めるというものだ」
 これでも王か、王なのか。
 かつてディオニス王は賢王と呼ばれ、統治するシラクスも活気に溢れていた。
 政治に興味のない私だが、王の心がここまで腐り果てているとは考えもしなかった。虫唾が走る。メロスが狂王の魂を浄化できなかったことを残念に思う。
「今宵はもう遅い、ゆっくりと休むが良い。明日からはご馳走を運ばせよう。おまえの好物は何だ。肉か? タイやスズキの魚料理か? リンゴやイチジクといった果物か? それとも……」
「何でも宜しいのですか」

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