小説

『魔術師』おおのあきこ(『魔術師』)

「でもまあ、それはいいとして、そのあと魔術師が馬の尻を杖で何度も何度もぴしぴし叩いたんですけど、それがまた、ゾクゾクものでして」
「おまえ、おかしいぞ」
「いやいやいや、先輩もその場にいたら、あのゾクゾク感わかりますって。観客席の全員が同じように感じてたと思います。みんな、恍惚とした顔してましたもん」
「なるほど……おまえの性癖がわかったような気がする」
「まあとにかく、そんなぐあいに、世にも美しい魔術師が大がかりな手品で客を変身させてよろこばせるショーなんです。でも会社が終わってから行くと、いつも最後の客の変身しか見られなくて。ショーの開始は午後4時ってことだったんで、オレ、半休取って行ってみることにしたんです。そしたらさすがの千秋も仕事中であとつけられないだろうし、まく必要もなくなるし、グッドアイデアでしょ?」
「わざわざ半休取って?」
「そうでもしないと、客ひとり分のショーしか見られないんですから、しかたないじゃないですか」
「いいカモにされてるわけだ……」
「でも入場料は500円ポッキリですから」
「……」
「で、そのときわかったんですけど、午後4時の入場時にくじ引きして、当たった人が魔術師の変身魔術を体験させてもらえるんですよ」
「そうか……」
「それで当然、オレも引いてみました。そしたら、もろ当たっちゃって。へへ」
「へえ」
「で、まあ、やっぱりそのときわかったんですけど、変身魔術を体験するには、入場料プラス5000円かかるんですね」
「やっぱりな。そうやってぼったくろうって寸法だ」
「でも、5000円ポッキリですよ。変身させてもらえて、魔術師にいじってもらえて」
「いや、5000円ポッキリって、高いだろ?」
「いやいやいや、先輩もあの魔術師見たら、ぜったい高いと思わないですってば」
「おまえ、かなり洗脳されてるな」
「いやいやいや、洗脳じゃないですって。エンターテインメントにお金払ってるだけですから」
「へえ、まあ、おまえの金だしな、どう使おうがおまえの勝手だ」
「まあ、そういうことです。で、それはともかくとして、もうビックリしちゃったんですよ、オレ」

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