小説

『白昼カワイイ』柿沼雅美(『白昼夢』)

 「三七二十一日の間、俺の家の水道はザーザーと開けっぱなしにしてあったのですよ。赤ん坊の泣く声にまぎれてね、五つに切った妻の死体をね、四斗樽の中へ入れて、冷していたのですよ。これがね、みなさん秘訣なんだよ。死骸を腐らせない…屍蝋というものになるんだ」
 私は屍蝋というものをスマホで調べました。蝋のように変化した死体のことで、死体が長時間、水中や湿った地中にあった時などに、体内の脂肪が脂肪酸となて蝋状になって死体を原形に保つらしいのです。永久死体にできる、そう書かれていました。そこにはミイラよりも顔かたちがはっきりした画像がいくつも出てきて、私は調べたことを後悔しました。
 「誰もが妻は病気で死んだと思っているのです。でも俺が殺したのです。どうですか、びっくりするでしょう? でも、それでもう、女は、そう妻は、本当に俺のものになりきってしまったのです! ちっとも心配はいらないのです。キスしたい時にキスが出来ます。抱き締めたい時には抱き締めることも出来ます。俺はもう、これで本望ですよ」
 だからなんだって言うんだ、と野次を飛ばすホームレスに、失笑の通りすがりの人々が見えます。
 「だがね、用心しないと危ない。俺は人殺しなんだからね。いつ警察に見つかるかしれない。そこで、俺はうまいことを考えてあったのだよ。隠し場所をね…警察だろうがマスコミだろうが、こいつにはお気がつくまい。ほら、君、見てごらん。その死骸はちゃんと俺の田舎に飾ってあるのだよ」
 私には、分かりました。
 母はヌーディーボブがよく似合いました。肩につかない程度の長さのゆるいウェーブがかった髪を、自分で綺麗にセットするんです。鏡の前に立っているところです。今も流行っている赤みの強いリップを塗って振り向き、にっこり笑っていました。
 この美しい姿の直後だと思うんです。母のしっとりと保湿された白い胴体や手足がカワイイ蝋細工になってしまったのは。
 彼女は糸切り歯をむきだしてにっこり笑っていました。蝋細工には人間の皮膚や黒みがかって見えていました。作り物でない証拠には、一面にうぶ毛が生えていました。
 父の前に通報されたのかおまわりさんがやってきました。彼もまた人々に混じって同じ様にニヤニヤとしていました。
 何を笑っているのでしょうか。あなたはそれでいいのですか。父の言っていることが分りませんか。嘘だと思うならずっと田舎の奥へ行ってみてください。静かな自然に包まれて人間の死骸がさらしものになっているじゃありませんか。
 そんなことを言いに行こうとしましたが、私にはそんなことをするだけの気力もありませんでしたので、こうやってヒョロヒョロといつもと同じように教室にいるのです。

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