小説

『白雪姫前夜』伊藤なむあひ(『白雪姫』)

                    3、

(或いはそれはただの砂利道による振動だったのかもしれないけれど)

                    4、

 おいあんた、ひとに話しかけておいて途中でやめて、そんでいきなり俺の話を聞かせてくれってどういうことだよ。なあ、の続きが気になるだろうが。これはおまえが礼儀を知らないのかそれとも俺がトランクだからってなめてるのかどっちだ? 両方か? そもそも何で俺に話しかけた? 何か聞きたかったのか? なあ。言っておくが俺は話したくて話したくてうずうずしてるんだぜ。何をかって? 何でもだよ。な、ん、で、も。ただな、勘違いするなよ。お前だから話すんじゃない。誰でもいいんだ。小学生だろうがルンペンだろうが総理大臣だろうが誰だっていい。なんだったらちょっと気心の知れたサボテンとかでもいいんだぜ。それが俺以外であれば誰でもだ。ん? どうしてそんなにしゃべりたがるかって? あのなあ、俺は生まれたその日にしゃべったっきりそれ以来一度もしゃべっていないんだ。何年間だと思う? 十六年間だ。十六年間もだぞ! 十六年間しゃべらなかった俺の気持ちが分かるか? しゃべりたくなくてしゃべらなかったんじゃない、しゃべりたくてもしゃべれなかったんだ!
 おっと、悪かった。取り乱しちまったな。
 十六年前の話をしよう。
 十六年前、俺は工場で産まれた。小さな工場だ。そこでは俺の他にも様々なトランクが作られていた。周りを見回すと皆家族さ! 俺は嬉しくなって産まれたばかりにも関わらず他のトランクたちに話しかけてみた。
「よう、調子はどうだい兄弟」
「俺らはいったい誰の子なんだろうな」
「皮とプラスチックの違いについて教えてくれよ」
 だがそれらは全て無視された。ちょっと馴れ馴れし過ぎたかと思い、今度はおべっかを使うことにした。
「あんたのその合皮のツヤ、セクシーだな」
「鍵がそんなにあるなんてほんと羨ましいよ」
「まったく、おまえと同じ店頭に並びたくないぜ、俺が売れなくなっちまう」

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