小説

『咳をしたなら』室市雅則(『咳をしても一人』尾崎放哉)

 二郎が玄関に向かう。
 「どうしたんだよ?」
 後をついていく柳田。
 二郎が笑いながらドアを開けた。
 そこには柳田と二郎と同じ顔をした男が二人立っており、会釈をした。
 次郎が二人を紹介する。
 「三郎と四郎」
 「え?何だよそれ?」
 三郎が説明をする。
 「さっき柳田さんが咳をした後に『人の手、自分の手の温もりって良いなー』って思いましたよね?」
 頷く柳田。
 「だから俺たちが来たんです」
 「おお、兄弟。入れ、入れ」
 二郎が二人を招き入れた。
 落ち着きかけた柳田は再び混乱した。
 しかし、二郎は動じていない。
 「じゃあ、四人で乾杯しようぜ」
 柳田は自分たちと乾杯をした。
 どうやら『咳』に原因があるようだ考えつつも、彼らと酒宴が盛り上がり、酔っ払って、いつの間にか眠っていた。

 柳田が目を覚ます。
 静かな朝。
 昨晩のことを思い出したが、きっと夢を見たのだと思った。
 咳をしたら自分が増えるなんてことはありえない。
 だから、わざと咳をしてみた。
 静かなままだ。
 一人で笑ってベッドから起き上がり、リビングに向かった。
 大勢の柳田たちが床で寝ていた。

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