小説

『咳をしたなら』室市雅則(『咳をしても一人』尾崎放哉)

 「あ、ああ。乾杯」
 缶を合わせると男がビールに口を付ける。
 「うめえな」
 男の満足そうな顔に悪意を感じられなかった。
 柳田も口をつける。
 「ああ、うめえな」
 笑う二人。
 「食いなよ。ああ、コショウだよな」
 さすがは自分ということで好みを完璧に理解していることに感心する柳田。
 野菜炒めには食べる直前にコショウを加えたいのだ。
 「あらよっと」
 男がコショウの瓶を振った。
 それがエアコンの風に舞って柳田の口の中に入った。
 コショウと言えば『くしゃみ』が定番だが違った。
 柳田は二度、咳をした。
 「大丈夫か?」
 男が柳田の背中をさする。
 自分とはいえ、人の手の温もりが優しくて嬉しかった。
 咳が止み柳田が男を見る。
 「すまん・・・。ありがとう。俺は君を何と呼べば良い?」
 「あ、そうだな。柳田じゃお前も柳田だしな。柳田の一番がお前として、俺が二番目だから『二郎』でどうだ?」
 「構わない」
 「サンキュー。イェーイ!」
 二郎が軽いノリでハイタッチを求めてきたのでちょっと性格は違うんだなと思いながら、柳田はそれに呼応した。
 笑い合う二人。
 そこにインターフォンが鳴った。
 柳田が向かおうとする前に二郎がインターフォンを取っていた。
 「あ、はい。え、そう?はいはい」

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