小説

『兎田俊介の謀』広都悠里(『ウサギとカメ』『カチカチ山』)

 亀山啓吾はどんぐり眼をかっと見開き「何かしましたか?だって?ふざけてたことを」と叫んだが、亀山啓吾の滑舌が悪いせいで兎田俊介には「ナニカ島、ダンテ、ふやけた」としか聞こえなかった。
「ナニカ島で何がふやけたって?」 
「いいか、今度こそ勝負だ」
 兎田俊介はぎゃんぎゃんわめく亀山啓吾をぽかんと見て傍らの女子に「どうしたの」と問われ「さあ。全然意味わかんない」と首を傾げ、傍らのゴミ箱に果たし状を突っ込んだ。
「あっは、うさちゃんに果たし状とか、超ウケる。カメのくせに」
 己に自信のある女子ほど残酷なものはない。
 鹿島芽衣はふわふわした長い髪と研究しつくした眉の整え方、自然に見えるぎりぎりのつけまつげテクを駆使して努力で「イケてる女子」の地位に上り詰めた女だ。
 背が高く、細身で、なかなかに整った顔立ちの兎田俊介を露骨に狙っているが、表だってそれを指摘する者はいない。
 そして産まれながらに恵まれた容姿を持つものが往々にしてそうであるように、兎田俊介もまた限りなく「もう、天然なんだからあ」「そこがいいんだけど」と無駄にモテポイントを稼ぐ鈍感男なのであった。
「くー、また無視かよ」
 十回目となる果たし状も捨てられてしまった今となってはもう「その場で堂々と宣戦布告」するよりほかに手段はない。
 よし、いざゆかんと両手を固く握りこぶしにして歩いていると、狸町佐南に廊下で呼び止められた。
「両手グーで歩いたりして、ドラえもんか、おまえは」
 長すぎる前髪ゆえ、どんな表情をしているのいまいち掴みづらい狸町佐南がどんな思惑で声をかけてきたのか、考えるのも面倒で無視すれば、すいと近寄り耳元で囁く。
「もしもし、カメよ、カメさんよ、いったい何で勝負する気なの」
「ウサギとカメの勝負といえば決まっているじゃないか」
「かけっこ?あれ?だって、ウサギにカメは勝ったじゃん」
「知っている癖に」
 亀山啓吾はぎりりと唇を噛んだ。
「カメが勝つのはおかしい、と散々たたかれてやれ睡眠薬を盛っただの、はかりごとをしただの、卑怯者のレッテルを貼られたまま今日まできた我々一族のくやしさが狸町にわかるもんか。こうなったら正々堂々と、もう一度勝負をするしかない。勝ったのに、いつまでも卑怯者のレッテルを貼られたままなんて割に合わないだろうが」

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