この絵が好きだから、こっそり写真に撮って、トイレに飾りたい、と姉に話すと、彼女は嫌そうな顔をして、その提案を断固として却下した。
「だって、死体じゃん」
愛する王子が、叔父を欺くために演じた狂気の様と、その彼に自身の父まで誤って刺殺されるという度重なる絶望。悲しみのあまり、自らもが気に触れ、池に身を落とし溺れ死ぬオフィーリア。シェークスピアによる、悲劇の戯曲、ハムレットの中のオフィーリアは、ヒロインにもかかわらず、あっさりと命を落としてしまうのだ。
それでも、このオフィーリアは、けして死体になんて見えない。固く目を閉じてこそすれ、まるで眠り姫のように、美しい夢を見ながら、自分を迎えに来る王子様を待ち続けているように見えるのだ。
彼女の世界は、まだ終わってなんかいない。
「また、見にきてるの?」
「先生、校内は禁煙」
咥えタバコで準備室に入ってくる、浮橋は、この高校の美術教師だ。この絵を描いた本人でもある。
堅いこと言わないでよ、と言う浮橋に、「制服に匂いがついたら、あたしがタバコ吸ってるって疑われます」、と抗議する。それもそうか、と彼はおとなしくタバコを灰皿に押し付けて、あたしの横にならんで彼女を眺めるのだ。
ふわりと微かに香るタバコの匂いは、あたしなんかとは程遠い、煙っぽくて甘い、大人の匂いだ。
「君もほぼ毎日のように。好きだねえ」
もう、美術部入っちゃえば、という勧誘は無視して、あたしは返事をする。
「だって、いつか起きるかも」
それ、ホラーじゃん、と戯ける浮橋を軽く睨めつけて、あたしはひたすらに彼女の横顔を見つめ続ける。
そっとわずかに緩められた唇は、微笑みを浮かべているようで。
そんな顔をして見る彼女の夢は、絶対に美しいものに違いないのだ。