小説

『眠り姫とオフィーリア』乃波深里(『眠れる森の美女』/『ハムレット』シェークスピア)

 美術準備室から、玄関に向かう道すがら、3組の前を通ったところで、うっかり惟子と目が合ってしまい、案の定逸らされる。
 惟子は、多田のことが好きだ。

 1年の時のクラスで、仲良くなった惟子とあたしは、2年でクラスが別れてしまった。
 クラスが別れたあとも、放課後の教室で惟子とおしゃべりをする30分が、あたしは好きだった。
 そのとき、たまたま多田に告白された話をした。初めての告白で、少しだけ舞い上がっていたのかもしれない。他人に自分が、好きだと言われたこの誇らしいような思いをほんの少しだけ、自慢したい、という傲慢な気持ちがなかったと言えば嘘になる。
 だけど、それを聞いた惟子は、急に冷たい顔をした。硬い表情で、何故か頑なに「多田はやめておいたほうがいい」という惟子に、馬鹿なあたしは、多田を悪く言われているのかと勘違いして、強く惟子をなじったのだ。
 どんなに多田が良いやつか。よく知りもしないのに、人のことを悪く言うなんてよくないよ、と。
 すると惟子は、急に泣きながら、あたしを置いて走って帰ってしまった。

 その数日後、別の友人から惟子が多田を好きだったことを聞いたのだ。

 忠告に、そこまで重要な意味が込められてたなんて、知らなかったんだから、仕方ないじゃん、という弱々しい言い訳は、どこの世界でも通用しないらしい。

 あたしと惟子の友情には、あっさりとヒビが入り、惟子はあたしと目も合わさなくなった。
 恋愛のいざこざで、いじめ、なんてドラマみたいなことは起こらなかったけれど、放課後のおしゃべりの時間は失われた。
 ただひたすらに、こんなことで簡単に友達が離れていく、その事実が惨めだった。

 多田の告白を断ったものの、そっか、と言ったきり、多田の態度は変わらなかった。あたしと多田は、これからも仲の良いだけの同級生なのだ。

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