慶一郎! という若い女性の声がして、さらにドアが叩かれる。今日こそ出て来ないとアパートの人全員の家に言ってあんたがどんな人間か言いふらすからっ、と叫んでいる。
すぅっと慶一郎に対する少しの情熱が冷まされていく気がして、私は玄関を開けた。
女は、ベージュのパンプスにフレアスカートを履いて、いかにも20代のOLさんという雰囲気だった。なに女いたの、と怒鳴る女に、いえ同級生です、とだけ言うと、もおいいからどうだって、と女が私を押しのけて玄関に入ってきた。
「慶一郎! お金返して」
女は慶一郎に向かって腕をまっすぐに出し、手のひらに今すぐお金を置けと言わんばかりに手をパーにした。女は一回私のほうに振り向いて言った。
「私、別に慶一郎の彼女だったとかそういうんじゃないですから。私に手を出す勇気もなかったんですから。ただ同じ会社の人が気晴らしに連れてってくれたライブハウスにこの男がいて、ちょっと曲がいいから、物販でCD買ったらすごい喜んで、いい人なんだろうなって思ったからイベント応援したらぜんっぜん回収できてなくて、そしたらこの男バックレて、私とか一緒だった人がうちの会社の仕事紹介したのにすぐ辞めて、借金だけ残ってるんですよ」
慶一郎は女が伸ばした手をちらっと見て黙っている。
「こっちはね、一生懸命毎日出勤して会社員やってるわけ。それを自分は違うからなんて理由でバックレて、バイトでもなんでもしてちゃんと返してもらうまで私だって引かないからね、30万!」
女に、ぐうの音も出ないのか慶一郎は黙っている。
「また来るっ!」
今日はどうにもならないと思ったのか、女はバッグからCDを出して床に投げつけた。カチャーンと鳴ってCDケースが開き、割れた。
女は私の横を通りながら小声で、おじゃましました、と言って出て行った。
ドアの締まる音を聞きながら、割れたCDを取り上げると、慶一郎が一人でジャケットに映っていた。
プレーヤーに電源を入れてCDを入れると、ギター弾き語りの切ない曲が流れた。全然パンクじゃない。
「慶一郎、昨日さ、今流行のアイドルが、未来の声が聞こえるとか、奇跡を信じてとかいうのほんとにみんな思ってんのかね、って言ってたじゃん? 今の音楽としての自滅だとかなんとか」
私はしゃがんで慶一郎に言う。
「うん」
「それ、まんま慶一郎歌ってるよね」