小説

『ブリコラージュ』柿沼雅美(『流行歌曲について』萩原朔太郎)

 だってば、って言われても、と思いながらサンドイッチのハムを咀嚼して、ふぅん、と返事をした。
 「あ、ハムサンド? 俺にも一口」
 え? と思ったときには慶一郎の口が私の手の中のサンドイッチをくわえていた。
 慶一郎は、んまー、と言いながらビールで流し込み、私を見た。近い、と思っているうちに顔がゆっくり近づいてきて、私の力のぬけている唇にキスをした。
 「現実的じゃない、みたいに言う奴いるけどさ、時代がさっき言ったみたいに創られてきた事実があるわけだから、間違ってないと思ってんだよね」
 私は、まだキスをされているような感覚の唇をとじられずに、よだれが垂れそうで急いでコーヒーの缶をくっつけた。
 「誰だって、こうなったらいいな、って思う中に自分を置いたりするだろ」
 そういう慶一郎に、黙って首を傾げてみせた。
 そうだ、私だって反抗したいことはあった。去年行った結婚相談所で、先生と呼ばれている人に、30半ばも過ぎて普通に出会って結婚できるなんておこがましい、30超えの派遣社員なんて男からしたら、ぶらさがられる存在でしかない、と言われた。その結婚相談所は、愛の鞭で成婚率80%以上、と謳っていたけれど、そんなことを言われながら30万も払う気になれなかった。でもまだ、なんでか分からないけど引け目を感じている。結婚していないこと、子供を生んでいないこと、正社員じゃないこと。結婚していたらしていたで生活環境を誰かと比べてがっかりすることはあるんだろうか、子供を生んだら生んだで、旦那さんに愛情を感じなくなったりするんだろうか、一般的と言われる人たちでも、好きなミュージシャンとライブ後に話したりSNSで交流しているうちに距離が縮まって恋愛関係に発展するような想像をして浸ったりしているんだろうか。だったら、私たちはどうしたらいいんだろう、どうしたら、いつになったら、自由だって、幸福だって、思い続けられるようになるんだろう。たとえばこのまま慶一郎の部屋にいることにして仕事も変えたら、何も気にせずに生きていけるんじゃないだろうか。
 そんなことを思いながら慶一郎を見ていたら、玄関がドンドンと叩かれた。
 「え、なにっ? 普通チャイム押さない? 怖いんだけど」
 キスをしてからはじめて動かした唇がちょっとむずがゆい。
 「やべ、いい、でなくていいから」
 「え、なんで? でなよ」
 「いい、まじでほんとやめて、いいから」
 立ち上がった私の腕をすがるように掴む。

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