小説

『ブリコラージュ』柿沼雅美(『流行歌曲について』萩原朔太郎)

 歌詞カードのタイトルに、君がくれた奇跡、と書かれている。
 「…うん」
 「さっきさ、やりたいことやりゃあいいじゃんって言ってたよね?」
 「…うん」
 「今慶一郎がやりたいことってなに?」
 「…30万、返したい」
 「だよね」
 全身から意気消沈感が漂っている慶一郎に、床に置かれっぱなしのビールの缶を近づけると、すんません、と言って手に取った。
 「ほら、最初は誰も勇気があるわけじゃないし。私そんな貯金ないけど、10万ならすぐ貸してあげられないこともない」
 そう言うと、慶一郎はまた、なんかすんません、と続けた。
 「お。俺だって、街にあふれる音楽を聴きながら絶えず自分自身に怒ってるんだよ。なぜなら俺自身が、そうした音楽に魅力を感じてしまうからだ。大衆と同じに歌うことで、毎日毎日退屈で堕ちてくような社会の中にさ、俺も環境的に引き込まれて行くことを感じちゃうわけ。今の社会では、俺はパンクな俺を拒絶する以外に音楽をやる道がないんだよ」
 いろいろ矛盾してる、と思いながら慶一郎を憐みを含めた目で見てやる。あぁこの人はいろいろなものを寄せ集めてこうなっちゃったんだなぁと分かる。疑問とか自信とか自堕落さとか理想とか年齢とか、そういう、ありとあらゆるものを安全ピンでまとめて止めたような人なんだなぁ、大馬鹿野郎なんだなぁ、でも、それってパンクだわ、と思った。
 まぁとりあえず飲みたまえ、と私が言うと、慶一郎は、ほんとすんません、と小さくなったまま、子供みたいに口を尖らせて缶につけた。

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