小説

『sleeping movie』日吉仔郎(『眠れる森の美女』)

 せっかく動物のやつが見られると思ったのに。けっこうショックで、わたしはお父さんにチケットを突っ返した。お父さんは不思議そうに、チケットを受け取る。
「あー、そうか。ほんとだ。ごめんごめん。小学生用のチケットはこっちだったな」
 だからそうじゃなくて……。
 でももう買っちゃっているし、徐々に反論する気も削がれてくる。わたしは小学生用のチケットを素直にお父さんから受け取る。真新しき大怪獣とか、全然興味ないけど、まあしかたないから、一緒に見てあげることにしよう。

 上映開始の十五分前に、わたしとお父さんはチケットを提示して映画館に入った。この映画館は売店がチケットで入場した先にある。床一面に絨毯の敷かれたところで、ホットドッグやポップコーン、コーラやカルピスを売っていた。飲食物の売店のとなりにはグッズ売り場がある。ショーケースのなかには、大怪獣のパンフレットやノート、キーホルダーが並んでいる。
 前の回の上映はもう終わったあとだったから、わたしたちはまず座席を確認しにいった。
 重たい扉を開けると目の前には大きなスクリーン、それからたくさんの、本当にたくさんの座席。一番後ろの一番高い位置にある扉からシアター内に入ったからか、わたしはとにかく広く感じた。
 満席ではないけど、既にけっこう席は埋まっていた。わたしとお父さんの左右にも、ひとが座っている。「トイレとか平気?」わたしは無言で頷いて、ショルダーバッグを膝の上に置き、座席の背にもたれかかった。
「じゃあおれトイレとか行ってくるから、ちょっと待っててな」
 お父さんは「ちょっとすみません」とぺこぺこしながら、座っているひとの膝と前の座席とのあいだを、蟹歩きで進んでいく。情けない感じがして、思わず目を逸らしそうになる。
 けれどお父さんの背中が見えなくなると、わたしはほんの少しだけ心細くなった。隣に座っているお姉さん二人組はとても明るくて優しそうだし、お父さんの隣に座っているお兄さんも、一人で見に来ているみたいだけど落ち着いた感じで、恐そうではない。それでもなんとなく。みんながわくわくしているなか、一人で座って待つのは、家に一人でいるのとは違う。
 そしてお父さんは、トイレ行っただけにしては、随分長いあいだ帰ってこなかった。
 この怪獣の映画を見たかったとか言ってたし、ついでにパンフレットとかキーホルダーとか、怪獣グッズでも見てるのかな。段々わたしは心細いのとを通り越して、いらいらしてきた。ちょっと挙動不審で頼りない感じするし、お父さん、オタクなんだきっと。だからお母さんにふられるんだ。バーカ。

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