小説

『瓢箪から駒』広瀬厚氏(『地獄変』芥川龍之介)

 なんとも落ち着かないので俊介は街に出て、これと言ったあてもなくそぞろ歩いた。現実の街を逍遥する彼の心はバーチャルシティーにあった。目に映る現実の街の風景が、彼には却って偽りの景色として胸に映った。すれ違う人々の影も悉皆血肉なき作り物の如く感じた。時折頬をなでる風もどこかよそよそしく思えた。本屋が目にとまり中に入った。前から気になっていた書物を二冊購入し、部屋に帰り、それを読んで時間をつぶした。昼は本の文字を目で追いながらカップラーメンを胃にながした。なんの味もしなかった。ただ機械的に麺を口に運んだ。ちょっと眠くなったので、ベッドにゴロンと横になり昼寝した。目を覚まし、時計を見ると2時を少し回っていた。俊介はあわてて飛び起きパソコンの前に座った。果たして若葉は待っていてくれるだろうか。彼はマウスとキーボードを手際よく操作し、パソコンのなか急いで春介を駅前へと向かわせた。
 待っていた。駅前、若葉はバーチャルな人影が行きかう雑踏のなか、一人ぽつんと立っていた。
「ごめん。本当にごめんなさい。ついうとうとと昼寝して、目覚めてみたら2時回ってて、、、って、そんなのただの言い訳だよね。若葉さん、待っていてくれてありがとう」
「そんなに気にしないで春介さん。待ってたって言ってもほんの10分ばかりですもの。少しも私は気にしてないわよ。春介さんは絶対来てくれるって信じてたしね」
「ありがとう。本当にありがとう。こんな僕を信じてくれるなんてほんと嬉しいよ。遅刻も許してくれて若葉さんは優しいんだね」
「優しいだなんて、、、どうかな?本当はわからないわよ。でも優しいって誉めてくれてありがとう。わたし嬉しいわ」
 春介の遅刻が逆に功を奏したのか、昨日と比べ二人の会話はずいぶん自然な感じに交わされた。
「これからどこへ行こう?」春介が言う。
「春介さんとならどこでもいいわ」若葉が言う。
「じゃあ海の見える丘の上なんてどうかな」
「素敵ね。賛成よ」
 俊介はパソコンを操作し、バーチャルスペース内に海の見える丘の上があるか検索した。あった。彼はキーボードで文字を打ち春介に喋らせた。
「よし決定だ!じゃあここから列車に乗って、海の見える丘のある街へ行こう」

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