小説

『瓢箪から駒』広瀬厚氏(『地獄変』芥川龍之介)

 俊介は期待と不安が入りまじった複雑な気持ちで、待ち合わせの時までを過ごすこととなった。若菜さんは一体どんな女性なんだろうと、何度も頭の中イメージを膨らませた。イメージの元となるのは矢張り、仮想恋愛の相手、アバターの若葉である。どうもそこからイメージが離れないし、そうあって欲しいと願う。若菜さんもきっと同じようなことを考えているんだろうな、と俊介は思い、本当の自分と自分のアバターである春介を比べてみた。そのあまりの違いから、確実に若菜さんをがっかりさせるだろうと、ひとり肩身が狭くなった。相変わらずに肝心の小説は一行たりとも書けていない。
 ボサボサに伸びていた髪を、前日にこざっぱりとカットした。丹念に髭を剃った。数少ないワードローブの中から、相手に少しでも好印象を与えてくれそうな服を選び着た。若菜との待ち合わせ当日、俊介は朝から何度も鏡に自分の姿を映し見た。
 どうもおかしい。自分はこんな人間でなかったはずだ。自分の中の歯車が今までと違った向きに回りだしたようだ。と、彼は自分で自分の行動を怪しんだ。怪しみながらまた鏡の前に立ち笑顔の練習をする。
 早めに俊介は部屋を出て待ち合わせ場所へ向かった。最寄りの駅から15分ほど電車に揺られた。電車が目的の駅に到着して時計を見ると、約束の正午まで30分近く余裕があった。まだ早いが、とりあえず一度、待ち合わせ場所まで行ってみよう。そう思った俊介は改札を出て、約束の駅西口前へと足を向けた。手には文庫本を二冊持っている。
 西口を外に出て足を止め、ふぅと一息ついて辺りを見回す俊介のそばに、見知らぬ女性が近づいてくる。俊介はそれに気づかないでいる。
「あの、、、」と女性が俊介に声をかけた。俊介は一瞬ドキリとする。そして「はい」と返す。ふと女性の手もとに目をやると、漫画本を二冊持っている。俊介は女性が問うより先に、
「若菜さん?」と尋ねた。
「俊介さん?」と、女性も尋ねた。
「はい」と同時に、二人の言葉がぶつかった。
 俊介は目を見張った。若菜はほぼ彼のイメージ通りの女性だった。若菜も目を見張った。俊介も彼女がイメージしたのと大体変わらぬ男性だった。お互い初めて会ったのに初めて会った気がしない。それほどにバーチャルスペースでの像と互い一致した。二人とも会っていきなりながらに親しみを覚えた。
「若菜さん、ずいぶん早くに来てたんですね。びっくりですよ」
「そう言う俊介さんも早いですね」
 二人は、小さな喫茶店でなく、小洒落たカフェへランチをしに入った。
「実は僕、売れない小説家なんです」

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