小説

『瓢箪から駒』広瀬厚氏(『地獄変』芥川龍之介)

「はじめまして。18才で大学一年生の春介と言います。照れ屋で引っ込み思案な僕は今まで一度も女の子と交際した事がありません。交際どころか恥ずかしくて、なかなか女の子と話す事さえ出来ません。そんな情けない僕ですが、大学に入ってから彼女を作りたく思い始めました。誰か僕とお付き合いしていただけませんか? 素朴で優しい女の子を希望します。どうぞよろしくお願い致します」
 そんな言葉をパソコンに向かいキーボードで打っていると、俊介は本当に自分がそのように、うぶで奥手な男の子であるような錯覚がした。ひょっとして心の奥底では実際にそうなのかも知れないとも思った。なんとも妙な気分がした。そしてなんだか楽しくなって来た。
 次に俊介は自分と仮想恋愛するのに良さそうな女性のアバターを条件を絞り検索した。20才までの素朴で優しく恋愛経験が初めて又は少ない女性。そんなようなプロフィールになっているアバターが何件かモニターに表示された。彼は真剣になってそれらを一つ一つ見ていった。途中なにやら第六感にピンと来るアバターがあった。
「こんにちは。私は若葉と言いいます。18才の高校三年の女子です。今どき珍しく男の人の前に出ると顔を赤くして何も話せなくなってしまうタイプの女の子です。だから今まで男の人と付き合ったことは一度もありません。だけど本当は男の人といろいろおしゃべりしてみたいと思っています。同い年か少し年上の男性のかた、誰か私と付き合ってくれませんか?お願いします」とプロフィールにある。アバターの見た目からも真面目な雰囲気が伝わってくる。35才独身の俊介はこの時18才の大学生春介となり、18才の女子高生若葉に胸をキュンとさせた。キュンとさせたそのにわか、ハッと我に返り苦笑いした。18才若葉の正体は還暦過ぎた婆さんかも知れない。いやはや、デブでハゲのオッサンの可能性だって十二分にあるのだ。ウブな18才の春介の正体はエログロ35才の自分である。俊介はもう一度苦笑いをして、パソコンのモニターに目をやった。
 兎にも角にもバーチャルな世界である。仮想現実を楽しめばそれで良い。せっかくだからとことん成りきったほうが面白い。俊介は大学生の春介に成りきり、女子高生の若葉にお付き合いを申し込む事にした。
〈お付き合い申請する〉のところをポチッとクリックする。自分のアバターのプロフィールやら設定やら何やらが相手に送られる。ちょうど相手もサイトを開いていたのか、少しして承認の返事が来た。アバター春介とアバター若葉の仮想恋愛がスタートした。
「今からお時間ありますか?」と、春介が若葉に問う。
「はい、一時間ほどなら大丈夫です」と、若葉は春介に応える。

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