「若葉さん、喫茶店にでも入りましょうか」
「はい、春介さんにお任せします」
「ちょうどこんな所に小さな喫茶店があります。ここに入りましょう」
「はい、春介さん」
とても現代の若者がするとは思えない、初々しいデートが今ここに始まった。今ではとっくに還暦過ぎた爺さん婆さんが昔送った青春時代のようである。二人は街の片隅にある小さな喫茶店へと入った。店の中二人はテーブルを挟んで対面し、紅茶とケーキを前に、もじもじして一言もしゃべらない。BGMにかけられたナツメロチャンネルから、日本語でカバーされたコンチネンタルタンゴ、小さな喫茶店が流れてくる。その歌詞を聴いて二人は、あら僕たち私たちのようだと思う。
「あの、、、」と、二人同時に言葉がぶつかる。少し間をおいて、
「はい」と同時に再びぶつかる。二人の目と目が合い、互いにポッと頬を赤らめた。
「趣味とかは?」春介が尋ねる。
「上手じゃないんですけど、漫画をかくのが好きでやってます。あと在り来たりに音楽鑑賞とか」
「へえ漫画を描くんだ。今度見てみたいな」と春介の言葉使いが少々くずれ、多少親しい感じになって来る。続けて、
「僕も下手くそなりに文章を書くのが好きなんで、たまに小説とかエッセーとか書いてます」
「わあ、そうなんだあ。私も春介さんが書いた小説とか読んでみたいな」
「いやあ、人に読んでもらえるほどのものは書けないから。そう言えば若葉さんも僕に何か言いかけたよね?」
「あぁ、はい。私も一緒で趣味を聞こうかと」
「そうなんだ。僕たち気が合いそうだね」
若葉はニッコリ微笑んでうなずき、紅茶を一口飲みケーキにフォークを入れた。春介もケーキを食べ紅茶を口にした。「赤いリンゴに、、、」と、並木路子のリンゴの唄が流れてくる。
今は平成である。これじゃ戦後間もない昭和のようじゃないか。なんでこうなるの? しかし適当に話を進める出鱈目な作者に聞いたところで、返事はきっと「わからない」に決まっている。
「春介さん、残念ですけど今日のところは私そろそろ帰らないといけないわ」
「そうか。一時間ほどって始めに言ってたもんね。で、また会ってくれるよね?」
「ええ、もちろん。私もっと春介さんと仲良くなりたいわ。明日の2時に駅前でどうかしら?」
「明日の2時に駅前だね。わかった、楽しみにしてるよ」
「じゃあ明日」と、パソコンのモニターに言葉が表示されてすぐ、若葉は仮想空間からログアウトした。