小説

『カンダタの憂鬱』poetaq(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

 カンダタが言葉を呑みました。ギャグの反省ではなさそうです。というのも、吊るされていながら、その顔が赤らむどころか、みるみる蒼ざめていくではありませんか。ハメられた……。
「座布団二枚ね」
 お釈迦様がおっしゃると、手を離されました。いきなり解かれたカンダタは雲上に頭から落ちました。が、さいわいクッションが効いたようで、カンダタは仰向けに倒れたまま御仏を股下から見上げました。そこだけ突き出すように膨れています。カンダタは恐怖にすくみました。犯られる……。
「さあ」
 お釈迦様がその白い御手をカンダタに差し伸べられました。カンダタはビクリと金縛りにあったように固まってしまいます。その鼻先に細くて白い指が伸びてきました。カンダタは必死に尻っぺたを揺すって退がり始めます。
 このまま水底へ落ちるしかない、とカンダタは思いました。が、いくらそうしたところで、今度は両手首を摑まれるのは目に見えて明らかです。その態勢で吊られると、仏の魔羅と我が尻が密着してしまう。まさに「生掘り」です。だったら、いっそこいつを……。
「はっ!」
 カンダタが「へ」の字に腰を浮かせました。そうして背筋をバネに立ち上がると踵を返し、御仏の腹部へ頭から突っ込みました。
「うっ!」
 お釈迦様が呻かれました。カンダタは御仏の腰に両手を回すと、打っちゃりで池に背を向かせ、ひたすら押しました。
「成仏しろおおお!」
 カンダタの怒号が極楽に轟きます。お釈迦様は両手をぐるぐる回されながら後ろ向きに押されるばかりです。このままだと、池に転落してしまいます。
「あっ!」
 一言発されると、遂にお釈迦様が落ちられました。カンダタは肩で息をしながら水面に湧く泡を見つめます。
「けっ。大したことねぇじゃねぇか」
 鼻で笑うと、カンダタは額の汗を拭いました。それから池の水を何度もすくって飲みました。糸登りから今の今まで死闘の連続だったのです。渇いて当然でしょう。
 ひとしきり飲むと、ようやくカンダタは人心地が付いたようです。べたりと縁に腰を下ろすと、伸びをしながら仰向けに倒れました。天の占有者となり、もはや鞭の心配もなくなったカンダタは手足を雲の床に思い切り伸ばしました。

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