小説

『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)

 涙よりも先に鼻水が出て来た。
 「お気の毒に」
 そう言って来た警察官の顔を見る。
 今日の面接のオヤジと同じくらいの年齢だろうか。
 あんな奴らに俺の何が分かるのか。
 あんな奴らに自分の将来を決められるのも腹が立つ。
 でも、これからどうする。
 サラリーマンの道は諦めるか。
 肉体労働でもするか。
 根性も体力もろくに無い俺には向いていない。
 向いていない?
 やってもいないのに決めているのは誰だ。
 俺だ。
 俺のことは俺が一番分かるはずだ。
 そんなことは誰が決めた?
 俺か?
 アブラゼミがうるさい。
 「ちょっとお兄さん?」
 そうだ。
 俺は兄だ。
 こいつは弟。
 今朝、話したばかりの弟が目の前で死んでいるのだ。
 「お兄さん、大丈夫?」
 現実に引き戻されて、泣きたい気分になった。 
 「生まれた時は一緒でも、死ぬ時は別々だっていう兄弟だったんです」
 「はあ、そう」
 「今朝、電話で話したところだったんです」
 「え、今朝?」
 警察官を筆頭に一同が笑った。
 今日は人に笑われてばかりだ。
 俺は人生の岐路で挫折している上に、弟の死を目の当たりにしているのに。
 むかつく。

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