小説

『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)

 死んだ弟はぐったりとしていて重い。
 弟みたいに歩いてくれれば良いのに。
 警察官が声を荒げてきた。
 「ちょっと何してんの?」
 「弟がお騒がせしました」
 「すみません。変な所で死んで」
 「降ろしなさい」
 警察官が距離を詰めて来る。
 野次馬たちがざわつき始めた。
 「降ろせ!」
 警察官の叫び声が届いた。
 大声を出せば何とかなると思っているタイプのようだ。
 俺もそうしても良いのだが、それではこの警察官と同類になってしまう。
 それは嫌だ。
 いや、公務員は勝ち組だしな。
 これから公務員を目指すというのもありなのか。
 弟の静かな返事が響いた。
 「本人が本人を持って帰って何が悪いんですか?」
 俺は小さく頷いた。
 周りは静まり返った。
 アブラゼミだけが鳴き続けている。
 そうか、今は夏なんだよな。
 車の急ブレーキとドアと強く閉める音が響いた。
 振り返ると俺たちの花道がヤクザの花道に変わっていた。
 「お巡りさん困らせるんじゃねえよ。ゴミが」
 声の主を見る。
 「兄ちゃん、逃げよう。俺を殺した奴らだよ」
 弟は正しかった。
 「でっけえマンボウみてえだな」 
 「だろ?」
 俺は弟を殺したでっけえマンボウが憎かったが、実際に近くにいるマンボウは想像以上にでかかった。
 俺では敵いそうも無い。

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