小説

『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)

 自分の死、しかも身に覚えのない死を宣告されたのだから。
 「そうだよ」
 「冗談よしてくれよ。俺はここにいるじゃん」
 弟は漫画のように自分の頬を抓った。
 「ちゃんと痛いし」
 「いや、死んでいるんだよ。俺が保証する」
 「殴られたのは確かだけど、それ以上の痛みとかはなかったよ」
 「目を背けているだけだ。正確には、その部分の記憶がぽっかり穴ぼこが空いているんだよ。きっと限度を超えた痛みだったんだよ。死ってのはさ。物凄く強烈でとっても怖い。だから、死がお前を襲って、お前がこの世から消されたことを忘れているだけだ。それをすぐに受け入れろってのは酷な話だけどよ」
 慰めるつもりで弟の肩に手を置いた。
 弟が俯いた。
 「そうか、死んでいるのか・・・」
 「お前、そのでっけえマンボウに殺されたのはどこだ?」
 「マンボウと最後に別れたのは確か、桜木町の近くだったかな」
 「やっぱり。そこで死んでいるお前を見たんだよ。この俺が」
 弟が笑った。
 昔から弟の笑顔は無邪気だった。
 俺と同じ顔であるのに不思議だ。
 内にあるものの差と言われていた。
 「ということはさ、俺はもう金を返さなくていいんだよな?もう殺されたんだから。な?」
 変な所が賢い奴だ。
 「そうだよ。返さなくて良いんだよ」
 弟の顔がもっと崩れた。
 「良かった」
 「良かったな。で、確かめに行こう」
 「何を?」
 「お前をだよ。お前を連れて来るって言っちゃったんだよ」
 「誰に?」
 「お前の死体を見ていた野次馬たちにだよ」
 「え、良いのかな?こんな顔で俺が出て行って」

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