小説

『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)

 シャイな一面もある。
 「堂々としろ。ご本人様の大登場なんだから」
 弟の顔が明るくなった。
 「そっか、行こう」
 弟はそのままサンダルをつっかけて出て来ようとした。
 「バカ、ズボンくらい履け」
 「ああ、そうだそうだ」
 一度部屋に引っ込んで、半ズボンを履いた弟と駅に向った。

 駅前の野次馬たちの多さは相変わらずだった。
 「通りますよ」
 俺たちの花道を通り、一番前に出るとあの警察官が驚いた。
 それはそうだろう。
 当人を連れて来たんだから。
 「連れて来ましたよ。弟です」
 「どうも、こんにちは。あの、死んじゃったようで。お世話になっています」
 「同じような人が増えちゃったな」
 野次馬たちが笑った。
 「あれかい?俺は?」
 「ああ、近くで見て良いですか?本人ですから」
 警察官を立てた人差し指をこめかみの横で回している。
 俺たちはアスファルトに横たわっている弟に近付いた。
 若干臭う。
 この暑さだ。どこかが腐り始めているんだろう。
 可哀想に。
 まじまじと眺める。
 死人の色。
 生気を欠き、皮膚が鑞のような鈍いツヤを帯びているが俺であり、弟である。
 野次馬たちは固唾を飲んで俺たちを見守っている。
 「な、お前だろ?」
 「兄ちゃんの言う通りだ。俺だ。でもさ」
 弟が殴られて腫れた目で俺を見た。
 「何だよ?」

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