小説

『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)

 確かに足の間にトンネルがある。
 しかし、人の股ぐらを潜るなんて間抜け過ぎる。
 それにここを通る為には膝を地面につかなくてはならない。
 一着しか持っていないリクルートスーツが汚れる。
 いや、次の面接の予定は白紙だ。
 もう無いかもしれない。
 直射日光が俺の頭を焦がしている。
 要らないか。
 爺さんのアイデアを採用し、真っ黒のアスファルトの上で四つん這いになった。
 手のひらと膝が熱い。
 小石が食い込む。
 赤ん坊のような四つん這いで前進する。
 ジーンズ。
 スラックス。
 スカート。
 ホットパンツ。
 ステテコ。
 右に左に時に迂回をして這いずり回る。
 たまに匍匐前進の格好にもなって様々な股ぐらを潜る。
 股ぐらを潜るたび、その股ぐらから生まれてきたような錯覚に陥る。
 地面の熱と手のひらの痛みが心地良く感じる。
 俺が生きている証を示してくれているようで嬉しい。
 一番前に辿り着いた。
 手を叩くと血が滲んでいることに気付いた。
 太陽に手のひらを空かす。
 血管が見える。
 俺は生きている。 

 俺だ。
 俺が死んでいる。

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